「中期的観察」のところで手間取っている間に情勢がいろいろと動いているので、補足事項を本文より前に置きます。

  • 11月14日に匿名の方からはてなポイントをいただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。初めての体験と書こうと思って、履歴をチェックしたら、8月10日にも二人の方からポイントをいただいています。原爆投下についてのカミュのコンバ紙社説の翻訳紹介に対してのものと思われます。非礼をお詫びしながら、ここで遅ればせのお礼を申し上げたいと思います。
  • 11月13日記事に対する、コメントやトラックバックへのお返事、しばらくお待ちください。
  • 11月13日記事で、急いで先取り書きした「事柄の本質は移民問題・同化問題ではなく、宗教の問題でもさらさらなく、まず都市問題であり、経済・社会問題であり、前者(←移民・同化問題)は従というのが私の考え。」というのが、舌足らずで、しかも「差別」に関する議論が展開されている中に置かれると誤解を招きそうなので、長期的観点のところでとりあげようと思っているのですが、中期観察で手間取っている間に、シラク大統領に先を越されました(笑。履歴書ネタとか)。これについても、具体的な「例」や「データ」のない水掛論は、一筋縄ではいかない議論をますます一面的に固定してしまうものではないかと思っています。
  • アクチュアルな動きについてもいろいろあるのですが、そろそろと追いついていきます。

置き去りに去れた郊外・燃える郊外(中期的観察 2002年5月−2005年11月)

防止と抑圧−−ご近所警察と機動隊

今度の暴動について、ドイツにいる id:kmiura さんが周りのフランス人の意見として伝える話−−

私の周りの意見を聴くと、これはおこるべくしておこったことだ、というフランス人が多い。2003年にサルコジが導入した警察改革が背後にある。フランスには二種類の警察があり、日本の交番のような近所の治安を取り締まる警察と、犯罪捜査のための治安警察がある。サルコジは前者を縮小し、後者を拡大した。また、警官にポイント制を導入した結果、警官達が移民系のフランス人が多く暮らす地区にパトカーで乗り付けては意味もなく若者をひっつかまえてポイントを稼ぐ、ということになった。その結果として、警察と移民系のフランス人との間に緊張が増大していたのであり、それが起爆した、ということなのだ。
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20051107#p2

もう少し補足してみる。1997年の解散総選挙で左派が政権についたとき、郊外の治安維持対策の一貫として考え出されたのが「police de proximité ご近所警察」である。警察署や交番がなくて治安が悪い区域に、徒歩や自転車で毎日定期的にきめ細かい巡回を行う警官を送り込んで、治安維持にあたろうというものである。これが1998年から1999年にかけて治安悪化地域に配備されていった。

ところが、2002年4月−5月に大統領選挙があり、治安問題が大きな争点となったとき、こうした政策の実効性が問われた。この「ご近所警察」によって郊外犯罪は飛躍的に減少はしなかった。警察発表の犯罪統計の結果は集計方法がそのときの政策にも依存し、犯罪件数の増減については、短期的・長期的変動の解釈の方法論にもいろいろあり、未だに議論のまとになっているが、、少なくとも、2001年の後半ごろからいくつかの目立つ事件がセンセーショナルに扱われるようになり、選挙前には、郊外の特に移民の青少年の犯罪が左派政権の寛容な姿勢で飛躍的に増大したという印象が世論にくっきりと植えつけられた。すでに何度か書いているが、結局このため、大統領選の第一次投票で、移民犯罪の恐怖を訴えるル・ペンの得票数が現首相のジョスパンを越え、第二次投票で悠々とシラクが大統領に選ばれ、その余勢をかって、6月の国民議会選挙で右派が名実ともに政権を握る。そしてそうして生まれた内閣に内務大臣として任命されたのがサルコジ

サルコジ内務大臣になると、「警察の役割は犯罪者を逮捕すること。ご近所の商店主にボンジュールと言ってまわるような警察はいらない。これから犯罪・非行分子に対する『仁義なき闘い guerre sans merci』を展開する」ということで、ご近所警察は廃止。郊外の治安維持の主役は共和国機動隊 CRS となった。また都市部では監視カメラをあちらこちらに配置。そして、道路や公共の場所で複数の人間がたむろしたり、人の通行をさまたげるだけで、逮捕し禁固刑を課せるように、法律を改正する。そして、これもまた議論が分かれるところだが、そのおかげで内務省発表の数字では、郊外犯罪は減少を見せた。

2004年の内閣改造で、サルコジ財務大臣となり、内務大臣は現首相のドミニク・ド・ヴィルパンが務める。2004年に11月、サルコジがUMP党大会で党首に選出されると、シラクが7月に発していた「党首職と大臣職は両立しない。党首になったら大臣は辞めてもらう」という警告を受け、閣外へ。しかし2005年5月の欧州憲法条約批准の失敗の収拾でラファラン首相が辞任し、ド・ヴィルパン内閣が成立すると、再び内務大臣のポストに任命される。得意の古巣にもどったサルコジは、「仁義なき戦い」を再開すべく、各地の郊外地安定化地域を、マスコミのカメラとともに巡回し、精力的に「ごろつきの清掃」を約束してまわる...とうこところで前回の記事に書いた短期的ワッチングにつながる。

さて、現在大きな議論になっているのはサルコジのとっている「予防より抑圧」の政策、具体的な例で言うと、「ご近所警察」を廃止して機動隊を送るという措置が、果たして有効だったか、中期的にみても今回の暴動の原因になっているのではないかということだ。現場の社会教育に携わる人々、多くの社会学者は、関係ありとしてはっきりと政策の誤りを指摘し、右派も含めた問題地域の市長、さらには警察組合の中からもこれについて再考をうながす声が出ているが、サルコジは耳をかさない。先週木曜のTVでも、カルチエ出身の非行対策にあたる現場の青年から、ご近所警察にかわる機動隊の導入で、警察と若者との関係が悪化していると声が出た。サルコジは、「警察の仕事は犯罪者を逮捕すること」のフレーズを繰り返したが、それに対し「警察の仕事は犯罪が起きないようにすること」という正面切った反論は誰からも出なかった。

若者や現場の人々に言わせると、次のような、状況が2002年以来続いているという。

若者がそのあたりを歩いていたり、行き場所がなくて皆でたむろしているところに、突然パトカーで機動隊系の警官がやってきて、身分証を見せろという。身分証がないと警察署−−しばしば遠く−−までパトカーで連れていかれて、調書をとられる。少し反抗的態度をとったりすると力でねじ伏せられ、手ひどい扱いを受ける。フランス国籍でない者は不法滞在者として処理される。ちゃんと滞在許可証を持っていないのは、最近入ってきた者ばかりではない。幼少に親と一緒に入ってきて、ずっとフランスで育っているのに、手続きがちゃんとしていなかったり、親の故郷との間を数年単位で行き来しているうちに、滞在許可を取り損なった者もいる。そして、弟や妹はフランス国籍なのに、自分は不法滞在者というケースもあったりする。ひどい場合には、ちゃんと国籍があり何もしていないのに、意味も無く侮辱的な言動を投げかけられる。

今回の騒動の発端になったクリッシー・ス・ボワの二少年の事故死事件−−警察官から隠れるために電力会社の変電施設に柵を乗り越えて入り込み感電死しした−−については、調査が続行中でまだはっきりしたことが分かっていないが、やはり身分証の検査を逃れようとしてのものだと言われている。何も悪いことをしていないのに、なぜ逃げるのかというのが人々の大きな疑問だが、「そこに暮らして、何度も警察の嫌がらせを受けているうちに、何もしていなくても警察とかかわりあいになってトラブルになるのを恐れてて、警官を見かけると身を隠すのが習性となるし、自分もそうだ」と語っていた地元の大学生もいれば、最近では、少年たち(フランス人)は身分証を携行していなかったので、パトカーに乗せられて別の町の警察署まで連れて行かれ、家に帰るのが遅れ親に怒られるのが怖くて逃げたのだという説明が弁護士からなされている。そして、もし治安にあたっているのが機動隊ではなく、巡回をしばらく繰り返しているうちに顔見知りになるようなご近所警察だったら、身分証ごときで逃げたりはしなかったのではないかと言う人もいる。

ここで「別の町」という解説がなされているのは、クリッシー・ス・ボワには、警察署(あるいは交番)がないからだ。これ自体も驚くべきことだ。人口2万8000人。大部分は低所得者用高層住宅の住人、そしてかなりの数が、本人、あるいは親、あるいは祖父母が移民で、失業率は40%。そこに、交番もなければ、「愛されるおまわりさん」の巡回もなく、ときどき機動隊系のチームがやってきて、たむろしている若者を追い散らしたり、ひっぱっていったりする。そしてそうした衛星都市群がいくつもあり、その中のいくつかのうち一つに、出動基地としての警察署があるというぐあい。

私の「健全」(?)な感覚でいえば、そんなところに子供のころから住んでいたら、たいしたこともしないのに仲間がひっぱって行かれたりするようなことでもあれば、去っていくパトカーに向かって「ばか野郎」と叫んだり、石をぶんなげて走って逃げたりするように自分でもなるのではないかと思う(日本でもヨーロッパでも、今60歳くらいの大学教師や政治家の多くが、別のシュチュエーションでいい歳してから経験ずみ)。個人的にはこの辺でやめておくと思うが、血の気の多いのが、はらいせに学校の窓ガラスなどを割るなどを始めるのはこれは日本でもお馴染み時期があった。もっとも、公共の建物に火をつけるというのは、日本人の感覚としては、100年前に交番を焼き討ちしていたおじいさんから体験談でも聞いて育ったような人でなもないとなかなかわらかないところだろう。そして、警察の反撃力が強くなってなかなかそちらへエネルギーが向けられなくなって、知り合いのやつでも何でもあたりかまわずその辺の車に火をつけるようになるというのは、目的合理的に行われる行為としては私の理解を越えて心理学の領域に入っていくが、心理学的にはペドフィルよりは理解しやすい。まあこの辺の理解度は人によって差があると思う*1

サルコジ氏はTVで、「無法地帯になっていて警官でさえ入れない場所がある」と言っていた。これはル・ペン氏の昔からのお得意のセリフで、これが、普通の保守党の政治家の口から出るようになったのも驚きだが、上のような事情を踏まえると、むしろ、恒常的に「警官のいない場所」を作り出してきたのは、これまでの政治であり、同氏はその責任者の一人だということになる。

警察と若者たちの摩擦 (付−−フランス語俗語講座)

抑圧を旨とする警察力と若者たちの反目の中で敵対関係がエスカレートしていくのは当然だろう。その中でさまざまな逸脱行為が起きるだろうというのも簡単に想像できる。警官のほうでは時には命にかかわる攻撃の対象となる。若者たちのほうでも、警官から理由のないうっぷんばらしの暴力行為を受けたり、日常的に侮辱的な扱いを受けたりする。地域の中で実際に警官に攻撃をしかけるのがごく少数であるにせよ、また警官の側で若者たちに逸脱行為を働くのが少数であるにせよ、緊張が高まっているところでは、少数の事件が、両者の一般的な態度として見なされ、憎悪のスパイラルを生む。人種差別的要因が加わればいっそうのことだ。そして今回の一連の騒動の文脈の中でもいくつかの例がとりざたされた。

警官側のほうにもいくらでも言い分があるだろうが、これには内務大臣という有力なスポークスマンがいる。若者たちの言い分のほうは、だれかが警官から暴行事件を受けたのが明るみにでもならない限り、普段はとりざたされない。それがかなり特殊の状況下だが、TVの映像で明るみになった。

たとえば、こんな強烈なことばの暴力
http://www.salade-nicoise.net/article.php3?id_article=1387
→ 同じもの。解説つき。 http://www.france5.fr/images/emissions/007548/11/0075481101.ram

ざっと翻訳するとこんな感じ。

警官:だまれよ。
少年:「だまれって」て言っても、ぼくたち何もしていなんですけど。
警官:お前、変電所まで連れてかれたいか。
少年:すみません。そんなひどい言い方はないと思います。こっちはちゃんとしゃべっているのに。
警官:お前、いい加減にしろよ。(...)下がれって言ってるだろ。下がれよ。
少年:(別の警官に) ねえ、おまわりさん、こちらは敬語つかっているのに、同僚の方は、お前呼ばわりしているんですよ。ぼくらは礼儀正しくしているのに。
別の少年:(3人めのスキンヘッドの警官に) それいいじゃん。あんた癌?髪の毛無いんだね。
3人めの警官:お前もダチみたいに感電して死にたいか。変電所に入りたいか。生意気言うと連れてくぞ。
最初の少年:フランスって平等、博愛が(...)あの。こんなふうで、カルチエ全体が静かになると思いますか?
警官:あのな、いいか。カルチエが静かになるかどうかなんて知ったこっちゃねえよ。ていうかな、めちゃめちゃになればなるほど、こっちは気持ちがいいんだよ。

フランス語のオリジナルのほうの、会話の片方の側のことばづかいは、上の翻訳で私の日本語ボキャブラリでは十分にそのひどさが再現できないものだが、こういうフランス語に興味のある方はご参考までに(!もちろん知るだけで、使わないほうがいい)。

Le policier : "ta gueule !"
Le jeune : "Vous nous dites "ta gueule" et on a rien fait, m'sieur ."
Le policier : "Tu veux que je t'emmène dans un transformateur ?"
Le jeune : "Désolé m'sieur, vous me parlez mal, je vous ai pas parlé, m'sieur"
Le policier : "hé bien nous parle pas ! (...) On te dit de reculer, recule !"
Le jeune à un autre policier : "Ecoutez m'sieur, on vous vouvoie et vot'collègue il nous tutoie ! On est respectueux avec vous.
Un autre jeune à un 3e policier chauve.: "C'est bien fait ! T'as le cancer ! T'as plus de cheveux "
Le 3e policier : "Eh tu veux griller toi aussi avec tes copains ? Tu veux aller dans un transfo ? Ramène ta gueule, on va t'y mettre".
Le premier jeune : "En France, égalité, fraternité (...) Si c'est comme ça, après, vous croyez que tout le quartier il va se calmer ?"
Le policier : "Alors on se met d'accord (...) Que le quartier se calme ou pas, on s'en branle. Nous, à la limite, plus ça merde, plus on est content !"

これには、リヨン近郊で撮られたもので、騒動まっさかりの11月6日の夕刻にTF1で放送されたが、撮影さられた状況はちょっと特殊。隠しカメラをつかっていて、かつ、若者たちは(たぶん)ジャーナリストに言い含められて、一人がマイクを体につけて、最初から警官たちをある意味で罠にはめるために接近している。わざと丁寧なことばづかいをする役と、警官をからかって挑発する役の分担もしている。一番最後のセリフなどはまさに耳を疑うもので、アフレコかなんかではないかとも考えたくなるのだが、いくらなんでもTF1(しかも普通は政府・サルコジ寄り)のほうでも、偽物をわざわざ危険を冒して放映することはないだろうし、他の局でも何度か再放送もされていることを考えると、内部のチェックを「本物」ということで通ったと言わざるを得ない。

これについては、警察のほうでも事情調査中と伝えられているが、当事者の警官たちがなんらかの叱責なり注意を受けたという話はまだ伝わってこない。

11月10日木曜日のTV討論会で、サルコジ氏に対して、警官たちが若者を「お前よばわり」することへの批判が出た際、サルコジ氏は、自分が内務大臣になったとき警官が若者たちにそうした言葉づかいをすることは禁止したのでそんな習慣は今やないと、答えていた。このビデオの話はそこでは出なかったが、このビデオを事前に見た者には、その答えが厚顔無恥なものとして聞こえたろう。実際において、このビデオのシーンが例外的なものか、それとも常態なのかは、当事者の警官でなければ若者たちにしか分からない。


それよりさらにショッキングで、深刻な問題となったのは、11月7日にセーヌサンドニ県のラ・クルヌーヴで、地面に倒され無抵抗になった若者を、警官たちが集団で足蹴にして暴行した事件の映像だ。これはFrance 2によって現場が撮影されており、それが11月10日木曜日の夜の2のニュースで放送されるとスキャンダルになった。

ビデオは → http://permanent.nouvelobs.com/php/depot/courneuve-JT-F2-10-11-05.WMV *2

そしてその日は、警察にとってはタイミング悪く、ニュース直後の討論番組にサルコジ内務大臣が出演することになっていて、この件を番組中で指摘されたサルコジ氏は、その場で、事件に関係したものの厳罰を約束。

翌日には、内務省命令で警察の警察が乗り出し、さらには暴行に参加した警官の同僚たちも暴行の事実を隠すのに協力するため、被害者の青年の調書を偽造してたことが明らかになり、複数の警官が暴行と公文書偽造で起訴され、一人は拘留された。ところが−−ここからがフランスらしいのだが−−警察の組合が、仲間たちの処分や拘留は、騒動が続いていて危険な勤務状況が続いている中、現在の状況を考慮に入れない行き過ぎの行為として、強く抗議。ついには、最低限の出動以外を拒否するというスト態勢に入った。そのせいかどうか、どんな経緯があったのかはわからないが、処分の範囲が当初より狭くなり、今日、主犯格で拘留されていた警官が釈放されるや、組合側はスト態勢の終了を通知した。これも、騒動のまっさい中という特殊な条件下で起こっているが、若者たちにしてみれば、今回たまたま撮影されただけで、日常的に行われていることの氷山の一角とでも言いたくなるだろう。

警官の側のあからさまな身内かばいからも、完全に2つのグループが敵対するように対立しているようすがうかがえる。

*1:念のために断っておくと、是認的価値判断という意味での「理解」を云々しているのではないので、道徳議論でのコメント欄炎上お断り。「理解」については林道義氏(評論家・東京女子大学元教授・同名誉教授候補)による名訳のあるマックス・ウェーバー『理解社会学のカテゴリー』(岩波文庫)にお目通し願いたし。

*2:France2は通常は、一週間分のニュースの映像ファイルをサイトのアーカイヴズに載せているが、なんと問題の先週の木曜日のものがすっぽり抜けている。あきらかにこれが再視聴、転載されることを恐れてだが、この問題を追っている NouvelObsが 独自に自分のサイトに問題部分をアップロードした。