ムハンマドの風刺画(1)−−フランスのメディアはなぜ火中の栗を拾うのか

デンマークの新聞、ユランズ・ポステン紙が掲載したムハンマドマホメット)の風刺画をめぐる一連の事件について先週末に記事をアップしたいと思っていたが、時間がとれず仕上がらないうちに状況がどんどんと進行し、事件そのものについてはフランス紙の報道をわざわざ伝える必要がないほどに、日本のメディアでもブログでも詳しく取り上げられている。

日本のネットをざっと見たところでは、この事件を「言論の自由」と「宗教の尊重」の二つの原理の衝突、さらには前者の原理を優先させる欧州対後者の原理を優先させるイスラム世界の二つの世界の衝突ととらえ、前者の原理に絶対的に固執する欧州の新聞の態度にある種の疑問を付すというのがだいたい穏当な意見のようだ。対立のエスカレートを前にしたときにに「甲にも乙にもそれぞれ言い分はあるが、お互いを尊重して過激な対立は慎むように」というのは、ほぼ自動的に出てくる「良識的」な意見であり、これは、フランスも含め、現在欧州各国の政治家が事態の沈静の呼びかけ際してとっている立場でもある。が当座の政治的効果を狙った発言は別として、こうした形式的な良識は、それが抽象的なものにとどまっている限りでは、問題の理解をあまり前進させるものとはいえない。

個人的な立場をいえば、自らの物の考え方の中でフランスという国のある知的伝統に少なからぬものを負っている人間として、そして今回のフランスのジャーナリストたちの行動を論理的かつ倫理的レベルで理解できる者として、「イスラム原理主義はけしからんが、フランスのマスコミもやりすぎで他者への理解がない」というようなコメントでお茶を濁して済ます気にはなれない。欧州全般については私の知識の範囲を越えるが、少なくとも今回のフランスのジャーナリズムの中での対応に関し、フランスの政治伝統と現在のフランスのメディア、言論界の状況の文脈の中で、人々がぎりぎりの選択によって行動しているということについて、恐らく多くの日本人に十分に理解されていない部分があると考えるので、以下に解説を試みる。

以下の文は、ル・モンドリベラシオンあるいはフィガロの社説などで代表される立場を、私なり背景観察で敷延したものである。ただし、無神論者であり、共和国を支える原理としての「非宗教」にかなり強い価値観を与えるという私自身の立場によって、表現がやや先鋭的、図式的なものとなる嫌いがあるかもしれない。が、この国においてとりたてて過激的なものとはいえないと思う。また文章は先週の土曜日今週の水曜日あたりまでの下書きに基づいており、論旨の流を補足する形で新しい情報を付加えるにとどめいるので、今日現在の状況の醸しだしているアンビアンスと微妙にずれてはいるが、基本的な原則にかかわる点は何も変わっていないと判断している。

風刺画事件−フランスでの経緯の確認

全体的な事実関係については、上に述べたように、説明の必要がなくなるほど、主要メディアだけでなく多数のブログが詳しくとりあげている。事の経緯と欧州各国のプレスの反応の手短に知るたえにブログでは、Fixing A Hole の一連の記事と、id:kiyonobumie さんの2月5日の記事をここでは参照先として挙げておきたい。またドイツの英語オンラインネットメディア signandsight の記事The twelve caricatures of Mohammed A survey of the European pressが旧東欧圏を含む欧州各国メディアの反応をまとめている。

全体的な流れを上の記事にまかせて、フランスでの経緯だけ簡単に確認しておく。まず夕刊紙フランス・ソワールが2月1日づけの紙面で、ドイツ紙、イタリア紙などと呼応して問題の12枚の絵を、一面での独自の戯画とともに掲載したところから、国内問題となった。そしてそれに続きリベラシオン(12枚の一部を掲載)、ル・モンド(独自の戯画を掲載)、フィガロ(独自の戯画を掲載)のような全国紙が問題をとりあげ、ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール誌がネット版に12枚の絵を掲載した。またそれぞれが、宗教風刺を含む言論の自由の原則を確認する社説や解説記事をかかげている。テレビのほうは各局とも、これら新聞の対応をニュースでとり上げながら、フランス・ソワールの掲載した風刺画を同紙の映像の形で紹介した。一方、イスラム教徒団体や人権団体の一部は問題の風刺画を掲載したすべての新聞を訴えることを表明。その中で今週になって風刺週間新聞 シャルリー・エブド Charlie Hebdo が今週号で問題の12の風刺画の転載することを発表。イスラム教徒団体は出版差し止めを司法に求めたが、火曜日にパリの大審院でそれが斥けられ、水曜日に新聞売り場に並ぶことになった。

このようにフランスの新聞は、欧州大陸の他紙よりもこの風刺画を遅く、そしてためらいがちに取り上げた。しかしいったんとりあげた後は、ジャーナリストたちはヨーロッパのどこよりも表現の自由の原則を強く主張し、のみならず、対立の激化の中で一部のものは挑発的とさえいえる態度をとっている。

こうした行動パターンは、宗教と風刺そしてイスラム教をめぐる今日のフランスの以下のような状況を背景にして考えればいっそうよく理解できる。すなわち、1)フランスのジャーナリズムにとってイスラム教と表現の自由をめぐる問題は、西欧とイスラム諸国という問題というよりすでに内政上の問題であるということ、2)一方、宗教批判さらにそのラジカルな形態である涜神、また一般的に風刺という手段は、フランスの政治をめぐる言論の伝統の中で特別な価値を持っているということ、また、3)それにもかかわらず近年日ましに そうした手段を行使する権利が侵食されてきていると多くの人々が、そしてジャーナリストが最も敏感に感じていることである。以下この背景をもう少し詳しく見てみる。

国内第二の宗教としてのイスラム

この問題を考えるにあたって確認を要する点の一は、まず、イスラム教はフランス第二の宗教であるということである。

俗にフランスのイスラム教徒数 500万人と言われる。ただしこれは主に移民層の出身国から機械的に、個々人の信仰の問題を無視して、推定したものである。一方、2003年に実施されたアンケート調査では6%がイスラム教を信じると答えている。これを単純に人口割りで計算すると390万人となる。フランスの宗教で信者数の数が最も多いのはこの国の歴史上、キリスト教、その中でもカトリックであるのは言うまでもないが、このアンケートでカトリック信者と答えた者が62%、単純に人口割りで計算すると4000万人となる。この数字を基礎とするとカトリック教徒とイスラム教徒の比率が10対1である。ただし、これが18−24歳の若者層になるとカトリックイスラムの比率が40%対14%すなわち約3対1とかなり接近する*1

この二つの宗教に対し絶対的な少数派であるのがプロテスタントユダヤ教で、アンケートではそれぞれ信者数2%、1%とする。別の調査でユダヤ教徒80万人、プロテスト信者70万人としユダヤ教徒の比率が多くなるが、いずれにせよ、イスラム教が第二の宗教であるというのは、3位以下に数倍のオーダーでの差をつけゆるぎないものである。また、これを宗教施設の面で確認すると、2005年の内務省の調べで、カトリック教会の数が4万、モスクの数が1685、プロテスタント教会が957個所、シナゴーグが82個所となっている。

ただし数的に第二の宗教というのは、必ずしも社会の中の正統的なイデオロギーヒエラルキーの中で第二の位置を占めることには直接つながらない。この矛盾がイスラム教徒にとっては不当と感じられる。この不公正感は、イスラム教国出身の移民層の多くが経済的・社会的に不利な場所にいるということで増幅される。ただし、言論界の中では、イスラム系移民層出身の知識人・文化人−−大学人・専門研究者・社会活動家たちは、それぞれの分野で少なからぬ発言力を持っており、これがフランス人のイスラム理解を深めている。ただし、こうした知識人はフランスの非宗教の伝統に同化した人々が多く、むしろイスラム系としての彼らの発言は、宗教問題というよりも、中東問題、移民の差別問題についてなされることが多い。また、イスラム系であるかどうかに関わりなく、イスラム教、イスラム文化、アラブ世界についての研究者層は厚く、今回のムハンマドの図像化の問題についても、細密画の伝統や禁止の起源などについても専門家の適切な解説が新聞でなされた。

イスラム教徒の信徒の国内共同体を代表するのは CFCM(フランス・ムスリム評議会 Conseil français du culte musulman )で、これは2003年に、ニコラ・サルコジ内務大臣の提案を受けて、全国のほぼすべてのイスラム教信徒団体の参加により結成された。評議会は、フランスのイスラム教徒の声を公的に代表するものとして声明を発したり、政府との話し合いの窓口となったりする。ただし評議会は、主要な構成員の出身国・宗派などによって傾向がまちまちの複数の信徒団体からなっているので、意見の分かれる問題については、各団体が独自に声明を発したり、アクションを起こしたりする。

涜神の権利

二つめに理解すべき点は、フランスの知的伝統の大きな流れの中では、あらゆる宗教批判の保証というのは、神・預言者・聖職者その他宗教的崇拝を受けるいかなる存在に対する風刺・嘲笑というラジカルな形態も含めて、18世紀の啓蒙主義時代からの政治的・知的闘争の中で獲得したものであり、さらにはこの権利がフランス共和国の成り立ちにかかわる本質的な価値であるとして繰り返し確認されているということである。「フランスでは涜神(宗教的冒涜)は犯罪ではない」*2どころか「涜神は権利である」という言辞は「ヴォルテールの国で」という形容とともに、いかなるコンプレックスもなく発せられる。ある言辞が宗教的冒涜という名目で法的に制裁されるという事態はフランス人にとっては本質的な人権の侵害であり、フランスの多くの知識人がこの事態の到来を中世の暗黒時代への後戻り、フランスの近代の否定とみなす。涜神が罪であれば、何のためにヴォルテールディドロが闘い、フランス革命があり、ミシュレがいて、19世紀末、20世紀になってからも続く共和国派の反聖職者闘争があったのかということになる。ここには、言論の自由の普遍的価値を世界中に押しつけるというような発想より前に、苦難の上自らのものにし得た価値、そして現代においてもその保証がまだ脆弱な価値を、自分の足元で守りたいうという防衛反応が先立つ。

フランスでは個人に対する名誉毀損については19世紀以来かなり厳しい基準があり、これに加え第二次大戦の反省から、人種差別的言辞に対しては、宗教的カテゴリーで分類される集団に対してのものについてもさらに厳しい基準で法的制裁が加えられるが、宗教そのものへの攻撃、宗教シンボルへの侮辱は、それが、ある宗教に属する人間の集団に対する直接の侮辱、あるいはそうした集団への憎悪を煽るものでないかぎり罪ではない。ただし、罪ではない宗教への攻撃と罪である信者への攻撃の間に、一種のグレーゾーンが生じるので、これが綱引きの場所となる。

こうした中で宗教風刺の最大の標的になるのはキリスト教、特にカトリックだというのは、今でも変りがないと言って差し支えないだろう。カトリック教会を相手にした反聖職者闘争の伝統と、現実に今でもカトリックがフランスで最も支配的な宗教であるということのほかに、これが人種差別の疑いを持たれずに批判できる唯一の宗教であるからでもある。ネットや小さな雑誌類でなどではこれが先鋭に出るが、批判の様態は、宗教そのものの全否定、キリスト教が役割を果たしたとされる過去の集団的犯罪(たとえば植民地での虐殺)あるいはナチへの協力という歴史にもとづく告発、中絶や避妊、同性愛の権利について教会がとっている立場への痛烈な批判、または単純にタブーの侵犯の喜びの称揚のためにされる風刺などいろいろなパターンがある。右のリンク先のような→風刺画コレクションはその典型である(ページの下方の右矢印から別ページへも行ける。ただし性的風刺画もあるので嫌いな人は注意)。

一方イスラム教を標的とした宗教的風刺や攻撃は、差別や宗教憎悪の扇動の烙印を押されやすいので、確信犯的な極右やキリスト教原理主義者以外は、あえてその危険を犯すものは公の言論界では極めて少ない。確信犯的挑発を別にすれば私的領域や職業遂行の場での発言が、反差別団体の告発で法的な領域に入ってくるケースが多い。また、ユダヤ教に対するものは、宗教攻撃というよりも、ユダヤ人というカテゴリー全体に対する差別の領域で問題になるものが多いので、宗教問題としては顕在化しにくい。

復活する「涜神の罪」−−人種差別問題・政治問題化とエスカレートする相互検閲

三つめは、上のような「涜神の権利」の伝統が年々脅かされていると感じる者が、近年、とくに9.11以降否応なしに人々が「文明の衝突」の思考に巻き込まれていく中で、言論界の中に増えてきているということである。そしてそれは言論による宗教攻撃の司法への告発の事例、その結果としてのあるいはそれを回避するための事前の検閲の事例の増加によって具体的に感じられる。

「涜神の権利」に対する宗教の側からの巻き返しは、フランスのカトリック教会の中の以前からある超保守的な−−しばしば政治的な極右と結びついている−−層、アメリカでのキリスト教原理主義に影響された層、そしてイスラム原理主義の活発化に結びつく層の各方面からのものが、それぞれ相互作用を行うなかでだんだんと強くなってきた。さらにこれに、中東紛争に激化に伴うフランス国内での共同体主義的摩擦(特に「ユダヤ人」対「イスラム教徒」のそれ)の中で「涜神」が「宗教による差別」の刻印を押されるという傾向が加わった。また、グローバリゼーションの中でのフランス人のアイデンティテイ・クライシスに伴う保守化の中で、言論の自由の行使の価値が、集団の秩序を保証する(と考えられる)伝統的象徴体系の維持の価値に比して減少していくという過程にわれわれは立ち会っている。

繰り返しているようにフランスでは「涜神罪」は存在しないので、宗教的冒涜に多少なりとも関わる法的争いは次の2つの罪刑の適用をめぐって行われる。その一は、「出版の自由についての法」(1881年7月29日法)の中で扇動の罪を規定する項目第24条に追加された「個人あるいは団体に対する差別・憎悪・暴力を、その出自、特定の民族・国・人種・宗教への帰属あるいは非帰属の理由から扇動する」罪、その二は、同法第32条として名誉毀損の特別な形態として追加された「個人あるいは団体をその出自、特定の民族・国・人種・宗教への帰属あるいは非帰属の理由から誹謗する」罪である。*3。こうした法が宗教とかかわる部分でここ何年かにメディアで多少なりとも大きくとりあげれた事件を以下に挙げてみる。

  • 2001年12月作家のミシェル・ウエルベックが、文芸誌 Lire のインタビューの中で「宗教の中でもイスラム教が一番大馬鹿な宗教だ。コーランを読むとまったくあきれるばかりだ」と発言し、複数のイスラム系団体および反人種差別団体から、宗教的理由にもとづく憎悪扇動と侮蔑の2つで訴えられる。2002年10月にパリの大審院で無罪判決。サウジアラビア系のNGO「世界イスラム同盟 Ligue Islamique Mondiale」が訴えを維持し、上級審で争われていたが、2004年11月にイラクでのフランス人記者誘拐問題の最中に同団体が「フランス国民との連帯表明」のために訴えを取り下げ、ウエルベックの無罪が確定(→NouvelObs関連記事)。
  • 2002年2月、 ローマ法王ピウス12世とナチの関係を扱ったコスタ・ガブラス監督の『アーメン』の公開のさい、映画中のピウス12世の姿とともに、ポスターに十字架と鉤十字を組み合わせたシンボルを用い、フランスの司教会、反人種差別団体が強く抗議。一方極右系のキリスト教団体AGRIFが宗教的憎悪扇動で訴え、ポスターの差し止めを求めるがパリの大審院は訴えを却下(→NouvelObs関連記事)。
  • 2003年12月、コメディアンのディウドネ Dieudonné が公営TV局フランス3のヴァラエティ番組に出演した際、ユダヤ教聖職者をテロリスト風に扮装させた姿で登場して演説して「原理主義シオニスト」をカリュカチュラルに演じ、ヒトラー式敬礼をしたとして、複数のユダヤ系団体および反人種差別団体から 人種的侮蔑で訴えられる。2004年5月にパリの軽罪裁判所で無罪判決が下りるが、さらに上級審で係争中(→NouvelObs関連記事)。
  • 2005年4月、TV局Canal+の人形風刺番組 Gugnoles d'Info で、ローマ法王ベネディクト16世の就任を風刺して、新法王の人形を「アドルフ2世」という字幕とともに登場させ、さらに人形に「父と子と第三帝国の名においてアーメン」としゃべらせた件で、フランスのカトリック司教会からの訴え受けた高等視聴覚評議会CSAがテレビ局に警告(→NouvelObs関連記事ビデオ。)。
  • 同じく2005年4月、リベラシオン紙がベネディクト16世の就任報道に関連して、風刺画家ウィレム Willem の描く、裸のキリストがペニスにコンドームをつけたのを聖職者たちが眺めているシーンの絵を掲載し、極右系のキリスト教団体AGRIFから訴えられる。同年11月にパリの軽罪裁判所で無罪判決(→NouvelObs関連記事)。
  • 2005年2月、ファッションブランドのマリテ+フランソワ・ジルボーが、『ダヴィンチ・コード』に発想を得て、ダヴィンチの「最後の晩餐」の登場人物中12人(うちキリスト)を若い女性に、1人を後ろ向きの上半身裸の男性(明かにマリアの裏返し)に置きかえたスチールを作成し、パリ郊外のヌィイ・スゥル・セーヌ市および全国各地の広告パネルに掲示したところ、カトリック司教会が、「神聖な情景を営利主義のため」に「女性たちに扇情的、挑発的なポーズ」をとらせながら用いているものでありキリスト教徒に対する侮辱だとして、広告の撤去とすべての形態公開の禁止を求める。訴訟手続き中に司教会側は、訴えの目的を、ヌィイ・スゥル・セーヌ市の巨大広告だけの禁止に絞り、パリの大審院は3月10日、広告の禁止の裁定を下す。すべての人が通らなければならない場所にあり、いかなる視線も避けることのできなような巨大な広告は、「内面的信仰の奥底への攻撃的で正当な理由のない侵入」にあたり「このようにしてなされるカトリック教徒への侮辱は、広告が求める営業的目的に比して、不均衡に大きい」というのが判決の理由(→NouvelObs関連記事Libération関連記事)。
  • 2005年初旬に、ストラスブールの大モスク建設へのアルザス地方圏からの公的補助金支出に反対する国民戦線所属の二人の地方圏議会議員が「メッカに大聖堂は無し。ストラスブールにモスクは無し」と題するパンフレットで「アルザスイスラム化にノン」と述べ、ミレーの『夕べの祈り』で教会の塔をモスクの尖塔に置き換えた挿し絵を用いたことで、反人種差別団体から「宗教的憎悪の扇動」で訴えられる。11月の裁判で、求刑は二人にそれぞれ4ないし6か月の懲役、1万ユーロの罰金。判決は各自5000ユーロの罰金と原告の団体に対し1000ユーロの賠償金(Libération関連記事)。

最後のものは、宗教批判・涜神の領域というより、特定宗教の侵入の恐怖を煽るという性質のものであり、先に述べたように、これは現在のフランスでは確実に罪となる。これはたまたま宗教的シンボルや風刺画が問題になったのでとりあげたが、極右や外国人嫌悪主義の活動家がイスラム教徒の侵略の恐怖を煽ったり、イスラム教徒を直接に侮蔑する言辞で訴えられ有罪判決を受ける事例は、有名どころではル・ペンや女優のブリジッド・バルドーの例(この二人は常習者)を代表として、反人種差別団体、イスラム教系団体、極右団体のウェッブ・サイトに行くと、いくらでも詳しく教えてくれる。この話に入ると問題が広がりすぎるので、紹介した例にいくらかの観察を補足しながら戻る。

ウエルベックの事件が無罪となったのは、思い切り単純化して言うと、発言が「イスラム教徒がいちばん大馬鹿だ」ではなく「イスラム教がいちばん大馬鹿だ」であったからである。前者であれば確実に「特定宗教への帰属を理由としたあるグループへの侮辱」にあたり有罪性に関して異論の余地がない。この事件では、宗教の侮辱が「その宗教の信徒の侮辱」にあたるか「その宗教の信徒への憎悪や嫌悪をかきたてる」ことにあたるかということが問題となった。訴えた側はそうであるという立場をとったことになる。この裁判でパリの大モスクの責任者でCMCF議長のダリル・ブバケール氏の発した「表現の自由はそれが人を傷つける可能性のあるところでストップする」*4は、この立場をとるものが後々まで引用するフレーズとなり、今回の風刺画の事件をめぐるあちらこちらの議論の中でも用いられている。ウエルベックはその直前のフレーズで「一神を信じることはまぬけであるということだ」*5と表明しているので話が少しややこしくなったが、判決は、これはイスラム教だけでなく思想体系として一神教への攻撃でしかなといして、「『イスラムが最も大馬鹿な宗教だ』と書くことは、いかなる意味でも、すべてのイスラム教徒が同じように形容されることを主張するものでも暗示するものでもない」とした*6。判決のもとになった原則(「宗教」と「信者」を区別する)は明確だが、ただし、ウエルベックがこの原則の適用に照らしても、かなり危ない橋をわたっていたことが分かる。また無罪になったとはいえ、フランスの今の社会は、「この程度」の発言で、メディアの注目を浴び複数の団体から訴えられる危険性のある場所になっているということが、多くの人に改めて認識された。

ディウドネをめぐる事件は上記のものだけでなく複数あり、ここではとうてい解説しきれないが、宗教的憎悪扇動あるいは侮辱についての判決は、やはり宗教と信徒を区別するという原則が適応され、その条件にかなう限りにおいて無罪となっている。が、ここでまた少し話をややこしくしているのが、ディウドネは裁判では無罪になっている一方で、反ユダヤ主義者、歴史修正主義者ということで−−後者のレッテルについては本人に責任がないとはいえない−−TVをはじめメインストリームのメディアからほぼ排除されており、また舞台興行でも、ユダヤ系団体の抗議で会場使用が不可能になったり、過激団体の実力行使で公演が中止になるということである。ここで、イスラム系の共同体とユダヤ系の共同体の間の激しい対立が典型的にあらわれる。

そしてこうした対立が、言論の自由や人種差別についてのフランス社会での議論に大きな影を落としている。イスラム系グループから見るとディウドネの裁判での勝利は彼の発言の正当性を証明するものとして用いられ、一方で主要なマスコミから排除されている事実はこの国でイスラム系は差別されている証拠として用いられる。一方ユダヤ系のほうからは、裁判でディウドネが無罪になったという事実、そして彼が舞台公演をしてまわり、ネットでさかんに自分の言辞を宣伝しているという事実は、この国で反ユダヤ主義が蔓延し、ユダヤ人が差別されているという証拠になる。それぞれのグループが、自らにとって不当と思われる事象を選択的に取り上げて強調し、フランスでは平等がダブルスタンダートとなっている証左として用いらる。今回の預言者の風刺画をめぐる議論でも、ディウドネを支持する層が意見を表明するサイトを見ると、風刺画の掲載はまさに彼を無罪としているのと同じ原則に基づいてなされているという事実に触れるものはなく、風刺画掲載と彼がメディアから排除されいている事実は、二つながら、フランスのイスラム嫌悪症を証明するものとして不満が爆発している。

ここで、宗教から離れて回り道するが、フランスの言論の自由をめぐる状況がこうした中東紛争の転移による対立によっていかに息苦しいものになっているかを理解するために、もう一つ例をあげよう。2005年6月26日、社会学者・哲学者のエドガール・モラン、作家・ジャーナリストのダニエル・サルナヴ、政治学者で欧州議員のサミル・ナイール、そしてル・モンド社主で主筆のジャン=マリー・コロンバニの4人がヴェルサイユの控訴院で人種差別的侮辱の罪で有罪判決を受けた(→NouvelObs関連記事)。2002年6月4日のル・モンドの論壇欄に掲載された「イスラエル・パレスチナ関係−癌」という記事が人種差別的言辞を含むとして、共同執筆者の3人と掲載責任者のコロンバニが、ユダヤ系団体から訴えられていた事件の判決である。2004年5月12日にナンテールの大審院では無罪判決が下されていたが、控訴審で逆転という形になった。ペナルティは2つの団体に払う1ユーロの象徴的賠償金とル・モンド紙への有罪判決広告掲載という最低限のものであったが法的に断罪されという事実にかわりはない。問題とされたパッセージは2つが、その1は以下のようなものである。

ゲットーというアパルトヘイトの犠牲者の子孫であるイスラエルユダヤ人がパレスチナ人をゲットーに押し込めている。辱めを受け、蔑まれ、迫害されたユダヤ人たちが、パレスチナ人を辱め、蔑み、迫害している。残酷極まりない体制の犠牲になったユダヤ人たちがパレスチナ人たちに残酷極まりない自分たちの体制をパレスチナ人に押し付けている。非人間性の犠牲となったユダヤ人たちが非人間性を示している。あらゆる悪のスケープゴートとなったユダヤ人たちが、アラファトとパレチナ自治政府スケープゴートとし、テロの防止を防止しなかったとし、その責任者とされている。

この手のことを書いている人は日本のブログではいくらでもいると思うが、フランスでは公的に発表するにはよほどの勇気がいる言辞となっている。モランの出自ははユダヤ系であり、ナイルはイスラム系で、掲載文は、両方の世界を内側から知っている知識人による一種の宣言という意義をもっていたが、モランがユダヤ系という事実は、上の言辞を犯罪と見なすユダヤ系の団体に対しては免罪符とはならなかった。

イスラム教徒、ユダヤ人に対する批判が裁判となるしきい値はこのように、日本では考えられないほど、今恐ろしく低い。裁判ざたにならなくても反イスラム、反ユダヤというレッテルはいとも簡単にもらえるので、フランスの言論界でこの称号を二つながらに−−ついでに人権屋、左翼、ネオ・リベもあわせて−−頂戴している人はざらにいる(ある意味でフランスという国自体がそうだ−−イスラエルからは親アラブ・ユダヤ人差別国、イスラム圏からはシオニスト・「反イスラム原理主義国)。こうして公の発言が、あらゆる陣営から精査され、それぞれの基準で人種差別主義者というレッテルが簡単に貼られ、しばしば告訴の対象になるという中で、フランスの言論界は相互検閲の支配する密な網の目に覆われているという様相を呈している。そして相互監視のエスカレートは10年前にくらべ、ほとんど耐え難い状況になっている。さらには、歴史修正主義の話がかかわってくるとさらに話はややこしくなるが、ここではもうそこまでは触れられない。

そうしてこうした検閲の体系は、2002年以来の右派政府の政策によって別の方面でも強化させられた。2003年にサルコジ内相の提案によりフランス国旗と国歌にたいする侮辱の罪が法制化された。これは宗教に対するものではないが、シンボルに対する侮辱が罪となるという発想が導入さうれた点では、この国の国民がこれまで享受しての自由の体系からいうと「画期的」なものである。

バンリュウ騒動の余波で、ラップミュージシャンがその歌詞のために、最近右派議員の連盟から「風俗壊乱」と「暴力扇動」で訴えられた件については昨年の12月5日の記事で触れた。ついでに問題になった歌詞をひいておけば、「最強」なのは以下のようなものだ(まったく私の趣味ではないが)−−「フランスはあばずれ女だ/腰が立たなくなるまで/ちゃんとヤッてやれ/淫売みたいに/あつかってやれ、男なら/オレはナポレオンに/ドゴール将軍に/しょんべんをひっかける。La France est une garce, n'oublie pas de la baiser jusqu'à l'épuiser, comme une salope, faut la traiter mec.! Moi, je pisse sur Napoléon et le Général de Gaulle... 」。国民国家の一員にとって極めて重要な価値であるはずのその国の概念そのものを、売春婦に擬人化し、それに対する暴力的なセックスの権利を言い、その国が英雄と称える人物を物理的に侮蔑的扱う意志を表明するこの歌詞が、その国民にとってショックを与えるのは当然ではある。これが与えるショックにおいてはムハンマドの風刺画に遜色ないと私には思われる。にもかかわらず、この歌詞に象徴的表現の一形態として言論の自由を保証するものは、ムハンマドの風刺画の掲載に同じ自由を当然保証するべきだと私は思う(そして私はその立場をとる)。

人間に対してでなく、その人間が強い価値を付与する象徴に対する侮辱を冒涜として法的に制裁するという考えはこのようにして、徐々に、あたり前のものとなってきたように思われる。この流れでみるとき、2005年2-3月の「最後の晩餐」のパロディー広告の禁止判決は見逃せない要素を含んでいる。ここではきわめて限定的な形ではあるが、宗教の問題に関して、信者に対する侮辱でなく、象徴に対する侮辱を制裁することを認めている。一方、同じころ問題になった、キリスト・コンドーム風刺画事件では、明らかに風刺が何倍も強烈であるにもかかわらず、その制裁は問題ならなかった(一方訴訟ざたになったということ自体は黄色信号である)。この種の事件の判決は、裁判官個々人の主観的判断に依存する部分が多いが、この「最後の晩餐」のケースのように、信者の内面的信仰への攻撃という概念を含んだ判決が出てきたことは、人を警戒させるのに十分なものがある。黄色信号が赤になりつつある。

そしてその警戒信号は、ことが風刺・パロディーにかかわるものになってきただけに、単なる新聞の読者である私にも鋭く感じられるようになってきた。

風刺、特にその絵画的表現はフランスの言論界の中で特別な地位を持っている。言論の分野での耐え難いばかりの息苦しさについては上で触れたが、風刺はその息苦しさを和らげる働きを現にしている。そして今のフランスで、新聞の風刺画やテレビの風刺人形劇に与えられる特別の地位、一種治外法権的な特権は、上で説明したフランスの涜神の伝統ともまた違い、典型的には王を風刺する道化という形でみられるような、ヨーロッパ文化の重要な伝統の一部ではなかろうか。論理的に言語化すれば明らかに名誉毀損で訴追の対象になるようなポリティカリ・アンコレクトなアイディアが、漫画、人形劇ということで決まった場所だけで許される。そこでは内務大臣が機関銃を持ったテロリストとなり、大統領が詐欺師となり、瀕死のローマ法王がゾンビとなって人々が笑う。しかし笑わせるはずの人が、いつのまに、しかめつらをした裁判官の前に引き出される、そんな時代がまたやってきた...そんな流れを多くの人が感じているはずである。

そしてまさにこうした流れの中で、思わぬところから、爆弾がムハンマドのターバンに巻かれてやってきた。

デンマークからの爆弾−−to take or not to take

リベラシオンフランス・ソワールが2月1日水曜日の夕刊で問題の12の風刺画を掲載した翌々日の金曜日の紙面で、「『リベラシオン』の立場 La position de «Libération»」と題する文章をかかげている。この記事はネット版では木曜の夜22時51分のタイムスタンプがついている。ここで、リベラシオンが迫られた判断、そして事件の進展ともに同紙がこの時点までとっていった立場が次のように説明されている。

隠しても意味がないだろう。デンマークの風刺画を掲載するかどうかはリベラシオンで議論になった。おそらく他の多くの新聞編集部と同じように。[...]
「事件」が週の初めに、イスラム世界の一部とヨーロッパの2つの国ノルウェーデンマークとの間での危機の形をとったとき、暴力的に攻撃されている報道機関に対するわれわれの連帯を示すということが検討された。そのための最良の方法は、われわれのほうでも、罪をかぶせられているこれらの戯画を−−しかもできれば他のヨーロッパの新聞と同時に−−掲載することであるように思われた。[...]共通の価値を共同で宣言することが理想的な意味をもつはずだった。

しかしこの原則の確認は、絵の実物を手にしたときに、あっという間にくずれてしまった。率直に言おう。これらの絵はわれわれにとって、内容と形式のいずれにおいても、陳腐なレベルのものでしかなく、編集部ではだれ一人としてこれを自分たちの新聞の紙面に載せたいと思うものはいなかった。
表現の自由を守る闘いは分裂させてはいけないというのは確かだ。しかし、自分たちがどうしても守る気にならない絵をめぐって、その闘いを展開していかなければならないのか。一つの大事な原則についてわれわれの防御力を弱めてしまうという危険性と、普通のときだったら絶対に掲載を受け入れないであろう絵の保証人に嫌々ながらならなければならないという危険の2つの選択の間で、リベラシオンは、他のヨーロッパの主要な新聞と同じように、最初後者を選んだ。

ドイツの Die Welt イタリアの La Stampa は実はこの時点で問題の絵を掲載しているが、フランスではフランス・ソワール以外に掲載する新聞はなかった。フランス紙のためらいはリベラシオンが上のようにはっきりと説明している。問題は絵の知的センス、政治的な志の低さなのだ。普通ならぜったいに掲載できないような絵、というレベルの。現在のフランスの言論界ではイスラム教や中東問題をめぐる意見の表明は、一方の陣営に単純に組しない者にとって恐ろしいばかりの緊張のもとにさらされている状況については上で解説した。そのような場所では、綱渡り的なバランス感覚や、言論をめぐる法に対する鋭い感覚が要求される。そうした要求に照らし合わせたたとき、問題の絵はあまりに幼稚だというのは、編集部員でなくても読者ならだれでもわかる。ル・モンドフィガロにおいてもそして事情は同じだったろうというのは自明である。しかしそれでも自分たちのよってたつ基盤である言論の自由を守らなければならないという義務を果たそうとした。そしてリベラシオンは中東問題の専門家の解説記事を風刺画掲載の代りとるする。

この風刺画がデンマークの現在の政治状況のコンテクストの中で描かれたものだということ、絵自体にかの地の現在の雰囲気がすけてみえるということについても、フランスのジャーナリストは無自覚ではなかったろう。デンマークの現在の移民政策、その社会での外国人嫌悪症についてリベラシオンル・モンドといった新聞は以前から警戒を表明している(このブログでも2004年7月26日づけの記事で紹介した)。また、この風刺画が国内で掲載された際、フランスの極右の格好の宣伝材料になることの危険性も十分承知していたろう。そうしたことがフランスの新聞を躊躇させていた。

こうした中で2月1日にフランス・ソワールが12の絵を掲載する。このスタンドプレーには、この新聞の性格と近年の事情が大きく作用している。もともとフランス・ソワールは事故の現場写真や芸能記事で売り上げをかせぐゴシップ紙である。が、もともとあまり政治的な新聞ではないので、こういうことに普通なら手を出すことはなかったろう。同紙は最初はアシェットやエルサン(90年代後半までフィガロその他大手地方紙の傘下に収める一大新聞グループ)の大手の傘下にはいっていたが、その後持ち主を何度か変え、部数の低下とともに財政基盤がきわめて危うくなりこの何年か危機を繰り返し、2005年末にも会社更生法が適用され、再生中にも人員整理をめぐってストがおきるなどほとんど瀕死状態の新聞である。2月1日号で、フランスでは誰も手を出さなかった問題の風刺画を掲載したとき、編集長(掲載日に即時解雇)が、際物で一時的にでも部数を上げようと思ったのか、それとも、どうせつぶれるのだから、面白いことをやってやれと思ったのか、普通のインタビューでの表現の自由をめぐる建前の話ではよくわからないが、ともかくも、ほとんどつぶれかけという状況が引き金になっているのは確かといえる。

このフランス・ソワールの蛮勇は、ただでさえ難しい選択を迫られていた他の新聞を、さらに厳しいジレンマに追い込み、各紙の当初のポジションに変化をもたらした。フランス・ソワールによる問題の12枚の風刺転載のあと、リベラシオンの編集部では次のよう説明する。

フランス・ソワールによるこれらの風刺画の掲載のあと、危機がさらに深刻となり、また「フランスという標的」へと広がっていくと、木曜日にまた議論が再燃した。新たに、12枚の絵すべての掲載を主張する派とこれに反対する派が意見を述べ、両者とも強い説得力のある議論を展開した。片方には、一つの絶対的な原則の擁護、もう片方には、何枚かの風刺画が信心深いイスラム教徒の目には耐え難い性格のものであることへの配慮。

討議は結論として、大部分が悪意あるという前に馬鹿げたものであるこれらの絵を自分たちが責任をもって引き受け転載するということは論外だということになった。同時に、この危機が憂慮すべきエスカレーションに入ってしまっているときに沈黙を守るのも論外だということになった。作家のサルマン・ラシュディに対してイランからのファトワが発せられた件が全員の頭にあった。同時にイスラム教のみならず他の宗教をめぐっても、風刺の自由が問題になるや、絶えず硬直縮小が起きていることについても。

そしてリベラシオンはこのジレンマから出るために、いま一度、最も論争を呼んだムハンマドが頭にターバンの形で爆弾をいだいた絵を「すべてのイスラム教徒とテロリストの間の許し難い混同である」と批判すると同時に、別の2つの絵を転載紹介することに決めるることを選び、その方針を明らかにする。

ル・モンドが別は同じジレンマに別の解決法をとった。こちらは、リベラシオンのように自己解説はせず、「イスラム教徒はムハンマドの絵、とくに悪意のあるそれに、感情を害するかもしれない。しかし民主主義は言論警察を設置することはできない。そうすればすべての人権を足で踏みにじることになるだろう」で要約される意見表明を社説にかかげる号(リベラシオンと同じく、紙版は2月3日金曜日づけ、社説のネット版は2月2日午後)で、独自の風刺画を一面にかかげるという、すましたやりかたを取った。が、いずれにせよ、内部でリベラシオンと同じように逡巡や論争があったのは確かだろう。

各日刊紙、週刊誌、ネットメディア、TV局の対応の検証をここではじめれば大変な作業になるが、ともかくも各メディアは、問題の絵を転載するかTVの画面で見せるかいなかについて、同じようなジレンマの中で、それぞれの立場を決めていった。

火中の栗をあえて拾う

後程補充します。→2月15日追加。

デンマークの新聞だけでなく、デンマークの国を対象としたイスラム教国での激しい抗議行動は、フランス・ソワールを含むヨーロッパの複数の新聞が問題の風刺画を掲載したことで、イスラム世界対欧州という様相を呈してきた。発端のデンマーク、そして1月にある雑誌が風刺画を再掲したノルウェーに続いて、フランスが非難の集中的な標的となった。フランスは、イスラムヴェールの公教育の場での禁止のときのイスラム世界での国家横断的な抗議運動にみられたように、とくに原理主義的運動の標的になっている。イラク戦争反対の態度をとったことや、アラファトの最後の時期にイスラエルとの関係悪化にもかかわらずその立場を何かとサポートしたりで、欧州の中では親アラブとみなされることもあるが、それだけにこういうときに「裏切られた」という感情が強くでるので特に非難が強くなるという見方もある。2日にはガザで、パレスチナ武装グループが、ガザ地区のすべてのフランス人を−−デンマーク人、ノルウェー人に並んで−−標的にするという声明が出された。4日には複数の国でデンマークノルウェーの大使館焼き討ちがはじまる。フランス国内でもイスラム教徒団体の強い抗議表明が相次いだ。

フランスの有力政治家は、国内外の抗議活動の過熱を懸念して、他者の尊重にアクセントを置くコメントを次々発する。3日金曜日には、大統領もCFCMのブバケール議長と会談したあと、表現の自由の原則を確認しつつも、「他者の信念を傷つけるいかなる行為も避けるための各人の責任、他者の尊重、節制」を呼びかかけた。

国内のキリスト教ユダヤ教聖職者が、イスラム教徒の怒りへの理解と連帯を示し、メディアに宗教の尊重を要求した。ヴァチカンは4日にこの風刺画を「容認できない挑発」と呼び、「思想と表現の自由は信者の宗教的感情を傷つける権利を生じさせてはならない」と声明。アメリカも国務省のスポークスマンが、「これらの絵はイスラム教徒の信仰に対する侮辱である」とのべ、報道機関の責任を強調しながら、「このようなしかたで人種的・宗教的憎悪を煽ることは許されない」と述べた。

また、イスラム会議機構(OIC)とアラブ連盟がすでに月末に、いかなる宗教に対する冒涜をも禁止する国際条約の制定の提案を国連にしており、「預言者(複数形)に対する冒涜を何人にも禁じる法律を制定するよう各国とヨーロッパ議会に」働きかけることをイスラム諸国に対しアピールしているニュースも改めて伝えれた。

一方国内では、4日にCFCMの中でも強硬派のUOIFが、風刺画を掲載した国内紙を訴えることを明らかにし、6日には反人種差別団体MRAPがフランス・ソワールを独自に訴えることを決めた。MRAPが登場したことで、MRAPの代表者が、1月13日、風刺画の問題がフランスに入ってくる前にすでに、人種差別と並んで「涜神 blasphème の自由は最も厳しく処罰されなければならない」とテレビのインタビューで発言し多くの人の抗議を受け、翌日に釈明を余儀なくされてていた件が改めてクローズアップされた。

これらの国内外の動きで、明らかにフランスの新聞は「涜神の権利」−−世俗的なものに対する風刺に比して、宗教的なものに対する風刺が特別扱いされることはないという原則−−が脅かされると感じたようだ。2月6日から2月8日にかけル・モンドフィガロリベラシオン各紙で「涜神の権利」についての記事が軌を一にするように掲載された。

上のフィガロル・モンドの最初の記事は、社説の次にその新聞の路線を反映している常任時評執筆者のコラムによるものである。後者の「敬意の名のもとに」の意味は後程説明する。ル・モンドの8日づけのいかにも逆説的なタイトルのものは法学者によるもの。リベラシオンの記事は、革命前1766年に宗教冒涜の科で死刑になり啓蒙主義の反宗教運動のシンボルとなったラ・バールの騎士ジャン・フランソワの名を呼びおこしながら、ここ数年間の「涜神の罪」の復活のきざしを説明するもので「不敬虔の罪を復活させようとする意図は何度も現われてくる La volonté de faire renaître l'infraction d'impiété ressurgit régulièrement.」という副題がついている。

これらの記事はほぼ同じ問題意識に貫かれたものといえる。その中でも、6日づけル・モンドのものが、最初の解説した状況の流れのなかで、ジャーナリストたちが持つ危機意識をもっとも明確に解説しているので、以下に抜粋で紹介する。

漫画家たちよ、もう鉛筆を削りつづけるのははむだだ。もう時は過ぎ、君たちはいちばんいい時を生きた。そんな気持ちが現在われわれの心をよぎる。預言者の哀れな風刺画を厳しく弾劾するために、あらゆる神聖なる教会が同盟している今。マホメットが冒涜されたとしてその名のもとに、イスラム世界が怒りと理解不能を叫んでいる今、ひやかしたり、批判したり、冗談を言ったりするのはあまり分別があることとはいえない。ということで、自由奔放な精神、つまり、軽さへの、そして遠慮のなさへの、闘いの、馬鹿みたいにそして馬鹿にする笑いへの趣味は、お呼びの季節ではない。

時代は道徳のものなのだ。ホワイトハウスはお決めなさった−−「ヴァリュー[アメリカ的な道徳的諸価値]」が最も大事であらねばならぬ。「このようなしかたで人種的・宗教的憎悪を煽ることは許されない」とブッシュ大統領の報道官は皆に告げた。ビル・クリントンもそれを追認する。カタールクリントンは会見し「北欧つまりデンマークで恐るべきその例がありました(...)イスラムにとってまったく侮辱的なあの諷刺画が」と述べた。

儀式は終りだ。もう話あうべきことはなにもない。議論は終了した。政治権力と宗教権力が、声を一つにしてそして世界じゅうで、告げる。嘲笑の時代、異議申し立ての時代、宗教への不敬の時代はもう背後に過ぎてしまった、と。少しまえまでは、これらの陳腐な絵について考えるよりもっと無邪気にも、これらの絵を掲載したり複製したりするのはいいことかどうか、表現の自由や人々に伝える義務を優先させるべきなのか、それとも逆に、信仰と良心により大きな敬意をはらうべきなのかと自問していた。そして答えがビシリと来た−−笑うのはおしまいだ。ファトワがコム[ファティマの廟のあるイランの聖都]からヴァチカンから息をあわせてやってくる。

反宗教のユーモアは、健全な道徳の目からして、迷惑なもの、邪魔なもの、限度を越えたものという宣告を受ける。ジャカルタからガザまで、テヘランからダマスまで、ロンドンからコペンハーゲンまでのイスラム教徒の示威行動の圧力の前にそれはお払いばことなる。漫画家は筆箱を閉じるよう、お笑い芸人は口を閉じるよう、王の道化は黙るように命令を受ける。

いつの日かこの歴史の転換について書くことになるときがくるのだろう。経済のグローバル化は疾走しているが、意地悪な精神やアイロニーグローバル化はエンストの寸前だ。イスラム世界そして西欧のいたるところ、あちらこちらで声が飛ぶ。統制し、くつわをはめ、禁止し、有罪を宣告するための声が。

ぜったいに傷つけず諷刺するという行為はとてつもない賭けだ。われわれがいま経験しつつある地震は、それがますます難しくなるということを見せてくれる。
...

ここには、判断の参照点が、単純な「表現の自由」対「他者への敬意、宗教への敬意」の強い緊張関係にはあるが無時間的な対立の枠組みでなく、歴史的な危機意識にあることがはっきりと表れている。また単に優等生的な表現の自由でなく、悪ふざけする自由、ガルガンチュアの笑いの権利が問題であることも。この二つの点、すなわち、表現の自由の保証が歴史的転回点ともいえる危機の地点にあるのかどうか、神聖なものを認めずに笑う権利がわれわれの生にとって重要なものかどうかについての判断を、これらフランスのジャーナリストと共有するかどうかで、今回の件についての彼らの行動への理解度が大きく違ってくる。そして、諷刺する権利が年々制限されているという感覚は、ずっと上で記述したようなフランスの国内事情だけによるものだろうか。上の文が見るところではそうではない。つまり、宗教的な超越的対象にかかわる諷刺を通じても人を傷つけることは認められないという基準が、世界的合意になることによって、自らの権利が失われていくことが鋭い危機意識とともに示されている。

少なくとも最初、デンマークの12の諷刺画をめぐるフランスの関わりは、ジャーナリスト仲間での連帯、攻撃されるデンマークとの連帯から、自らの価値観の最も核心に触れる部分でのものとなった。デンマークイスラム世界の間の政治的解決で沈静を待つという解決に水をさすように、火中の栗をわざわざ拾っている理由がそこにある。しかも、欧州の中でも人口割りで国内に最大のイスラム教国出身者を有し、他国からみればいわば最大の「火薬庫」を抱えながら。が、そこにはまた、原理主義的な意見を暴力とともに世界のメディアにアピールするグループが果たしてイスラム教徒の声を代表するのか、この暴力的なアピールがイスラム世界と表現の自由をめぐる問題、ひいては自分たちの世界と表現の自由をめぐる問題のなかでの落とし所を決める決定的な要素になってしまっていいのかという疑問も含まれていたように私は見る。

いずれにしてもこの事件は、こうした国際情勢の動きの中で、フランスのジャーナリストたちにとって、表現の自由は度を越した宗教諷刺で信者を傷つけるところでストップするというようなニュアンスの合意で外交的に解決すればよしという問題ではなくなった。上の記事の書き手のようなフランスのジャーナリストたちが最も恐れるのは、まさに、これを機会に 宗教的権威そして、アメリカやイスラム世界各国のような宗教の道徳的価値を重要視する国々の暗黙の神聖同盟によって、今回の事件がそのような合意にむけて回収されていくことである。

こうした危機意識から発するリアクションの最も先鋭なものが、2月7日なって12の諷刺画掲載を決めたシャルリー・エブドである。デンマークが旗を捨てようが、欧州やフランスのどの同業者が旗を捨てようが、たとえ一人でも自分たちが旗を引き取るというものである、その旗にくっついた絵が褒められるものでなくても、そのまずい旗によって副次的な被害がでようとも、この新聞は気にしない。編集長のフィリップ・ヴァルは、「民主主義の維持のためには人を不快にすることが必要だ」という信念をはっきりと披露している。すでにシャルリー・エブドは2002年にナイジェリアでのミス・ワールド開催をめぐっておきた事件で、マホメットカリカチュアを掲載し、国内のイスラム教徒団体との間であつれきを起こしている。また公立学校でのイスラム・スカーフ問題でも、左派の非宗教派の立場から、原理主義的傾向のイスラム教徒を鋭く諷刺しつづけていた。

いっぽうリベラシオン、そしてとくにル・モンドのような、フランス国内でのイスラムのありかたについてもっと真剣に考えなければならない新聞は、諷刺画掲載という挑発的な方法ではなく、言論の自由の価値に対する立場を妥協なく維持するための論をはりながら、事実の分析やイスラム穏健派の意見を掲載することなどを通じて、この紛争にささっている不要なとげを一つ一つ抜いていく道を選んでいく。


追加分終り。そして、この記事終り(2月15日、9時記す。)。



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  • メモ−−−実は上の最後の節を補充して、用意した骨子のメモの半分くらいを消化(笑)。公表に耐えるよう事実を確認し、論旨を一本にまとめていく時間がなかなかとれないのですが、きりがないので、一旦ここまででアップします。続きは後ほど。上記の「ムハンマドの風刺画(1)」の最後の節で、フランスの状況についてのひとまずの解説を終えますが、2以降で、私自信の判断をもう少し書いていきます。2月11日、15時40分記す。

*1:出典は以下のリンクから
http://www.portail-religion.com/FR/dossier/Pays/France/index.php
http://www.religioscope.info/article_146.shtml
http://atheisme.free.fr/Religion/Statistiques_religieuses.htm

*2:正確を期せば、フランスの普仏戦争敗北から第一次大戦勝利までドイツに併合されそのなごりで地方法の残るアルザス・ロレーヌ地方を除く。

*3:ちなみこの1881年7月29日法は第1条「印刷imprimerie と図画販売 librairie は自由である」で始まり、扇動罪、名誉毀損罪などの類は、言論の自由の例外規定という形で存在することになる。

*4:La liberté d'expression s'arrête là où elle peut faire mal. J'estime que ma communauté est humiliée, ma religion insultée. Je demande justice.

*5:je me suis dit que le fait de croire à un seul Dieu était le fait d'un crétin

*6:ウエルベックの裁判の判決文の抜粋は → http://www.c-e-r-f.org/fao-147.htm