風刺画についての若干の資料
風刺画そのもの、図像資料についてまだ一度も触れていなかったので、古くならないうちにまとめておきます。
ムハンマドの図像について中世のものからから今回の騒動にまつわるものまでを集大成したサイト。預言者の図像化のタブーがイスラム圏においても必ずしも絶対のものでなかったことがわかる。閉鎖を恐れて多くのミラーサイトができている。
事件の発端になったユランズ・ポステン掲載の12の風刺画を紹介する上記のサイトのページ。あまり注目されていないが12のうちの1つ、ムハムマドという少年が黒板に「ユランズ・ポステンは反動的な挑発者」と書いている絵は、預言者を書くことを拒否した画家が新聞の注文を批判したもの。
問題の12の絵のほか、デンマークの原理主義団体が中東各国で配ったパンフレットに同紙に掲載されたデンマークで流布している*1という触れ込みで新たに加えられている、より刺激的な3つの偽画もそのあとに収録している。そのうちの1つのムハムマドを豚として描いたものは、ソースが明らかになっていて、まったくムハンマドと関係ないものを流用してそれにムハンマドというキャプションをつけたということがわかっている。恐らく他の2つも、ムハンマドと関係のないものの流用か、新たに描かれたものと類推される → 他の2つは米国の極右キリスト教団体が以前ネットで流布したものと同一であると報道されている(が、この報道の内容自体が未確認で仏語版の Wikipedia がこの報道を採用するのに対し英語版のそれは採用しない)*2。これらの図像を準備したり問題の図にムハンマドというキャプションを加えたのが、パンフレットを作った人たち自身だったとすると、政治宣伝のために、イスラム教徒でありながら、預言者を侮辱する絵を作ることも辞さない相当のマキャベリストだったということになる。
問題の12の風刺画が、エジプトの新聞 Al Fager に2005年10月7日にすでに全部掲載されていたことを紹介する2月8日づけのエジプトのブログの記事。このブログ Freedom for Egyptians は、エジプトのフェミニズム、民主化運動にコミットしているエジプト人女性によるものということだが*3、宗教的に敏感なラマダン(断食)の時期にこの風刺画になぜだれも反応しなかったのかと疑問をなげかける。また、欧州・中東で風刺画紛争が発火したあとの2月6日に同紙の編集者が、なぜ自紙で4か月前に掲載した絵が今ごろ騒動を引き起こすのか驚いていたと述べる記事を書いているというのを紹介する。また2月になって別の国営の新聞が再掲載を試みたが、今度は流通前に回収され、ムスリム同胞団などが、責任者の処罰を要求しているという話も。ただし私はアラビア語が読めないので、内容の保証はしかねる。
2005年にはデンマークの国内問題にすぎず、この絵が積極的に中東諸国に紹介されるようになって後も 2006年1月初めには紛争は収束しかけていたにもかかわらず、なぜ急に再燃したかについては、影の部分がいろいろとあり一筋縄ではいかない。アラビア語の理解と、イスラム圏諸国現地の政治事情やそこで1月、2月でおきたことについての具体的な情報抜きにはうかつなことは言えないだろう。イスラム系の人が書き込むフランス語のサイトを見ても、ヨーロッパと中東を離反させるアメリカの陰謀とか、イスラム教徒の暴力を誘発してイメージを落とすためのシオニストの宣伝活動によるものなどという破天荒な説が語られていたりと、あらゆる人が陰謀説を自分の都合のいいように利用しようとしたりするのでますます話がややこしくなる。
この絵についてのフランスのイスラム系の人々についての反応をまとめた2月19日付けのル・モンドの記事を shiba さんが訳しているが、反応はさまざまである。また2月8日に発表されたフランスの世論調査 La réaction des Français suite à la publication de caricatures de Mahomet (CSA/La Croix; PDF File)で、これらの絵に対するイスラム教徒の憤激を理解できるかという質問項目に対し、自らをイスラム教徒と規定するグループで、「理解できる・どちらかというと理解できる」と答えたものが69%、「理解できない・どちらかというと理解できない」と答えものが25%。一方また、上記の10月の時点でのエジプト紙での掲載の話からは(これが事実とすれば)、図像という対象に対する個人のあるいは集団の反応は、政治的な文脈あるいはメディアの状況が準備する心的フレームワークにも左右されることがうかがえる。
*1:問題のパンフレットは英訳とともにネットに出ているが、それを見ると、問題の偽画がユランズ・ポステンに収録されているとこのパンフレットは明示していない。むしろ他のデンマークの風刺紙 Weekendavisen に掲載されているようみせかけているように読める。ただしこの3枚がユランズ・ポステンに掲載されたという情報も流されたようで、ユランズ・ポステン自身がこの3枚を掲載していないとコメントしたところで話がややこしくなっている。
*2:2月22日14時訂正
*3:ブログの常アイデンティテイの真正さは確認できないが、少なくともブログは2005年6月から英語とアラビア語の2か国語で書かれていることだけはわかる