悪化する日中関係−−うんざりと言っているばかりでも

と言っても、まとまったことも、気のきいたことも書けない。もともと、このブログを休んでいる間に激化した世論・外交レベルでの日中間の関係の悪化について、細かい事象にわたってフォローしていない。もちろん、特に知らぬ顔を決め込んでいたわけではない。フランスのTVや新聞に出る程度のとおりいっぺんの事実や、ネットの配信の断片的な記事ぐらいの情報には接したが、両国の内政や経済問題、外交戦略にからめる裏読みをしたり、問題の渦中の当事者の気分になって一つ一つのニュースに感情的な関与をもって反応したりできなかった。両方ともいいかげんにしてくれといいたくなるような、うんざりの気持ちのままずっと接してきている。基本的にまだその気分を引きずりながら、中国事情に詳しいはてな内外のブロガの記事を読んでいる。そして、関係の悪化が、世論レベルでなく外交レベルでも相当にシリアスなところに来ているのを知る。

呉儀副首相が月曜日の小泉首相との会談をキャンセルしたニュースを、Jonahさんの
http://kangbuk.g.hatena.ne.jp/Jonah/20050523/p4
で読み、この件についてのまとめとを全体的な背景知識とともに書いたた報道を探して結局、International Herald Tribune の記事に行き着く。

Chinese envoy skips talks with Koizumi
By James Brooke The New York Times
TUESDAY, MAY 24, 2005

900語ほどのまとめ。これは若干の編集上の異同とともにNYTにも掲載されている。細部を逐一追っていないとき、こうした文脈依存の少ない外国からの記事のほうが分かりやすいことのほうが多い。

事の顛末の紹介は日本での報道のと変わらないが、新聞のネット記事や、Yahoo News、Google Newsの断片的な記事をつなぎ合せたものから受けるのとも、若干違う印象も受ける。

直前の呉副首相の経団連での発言について、日本語の記事では、

中国副首相:経団連の昼食会では首相との会談中止に触れず
冒頭、呉副首相が「中日関係は厳しい状況に直面しているが、改善と発展のチャンスでもある」とあいさつした。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/news/20050524k0000m020012000c.html

ということで、このときの穏健な態度と、直後の突然のキャンセルの対比が強調される。一方、IHTInternational Herald Tribune)の記事を読むと、

「中国と日本は今、30年前の国交正常化以来なかった非常な困難に直面しており、一刻も早くこの状況に展開をもたらさなければ、お互いの利益となる関係および両国民の感情を傷つけることになるだろう」
"China and Japan now face a very difficult situation which has not been seen since the normalization of ties 30 years ago, [...] If we don't turn this situation around as soon as possible, it would hurt mutually beneficial relations and the feelings of people in both countries."

と、かなり強い調子の警告のメッセージを発していることになっている。

発言の別の部分をとったのか、日本記事のほうがはしょってまとめているのか、英語のほうがいろいろ付加えているのか。このときの発言もどう紹介するかによって、問題の危機感への認識の差が生ずることになる。もっとも、"turn this situation around as soon as possible" の答えが、きびすを返すことだとは誰も予想しないだろうが。

また、IHTの記事の次の部分

[小泉首相靖国神社]訪問は、日本が石油とガスの共同開発をめざうロシアとの関係にも波及しているようだ。木曜日にイゴール・ロガチョフ在中国ロシア大使は、小泉首相靖国神社についての発言を引きながら「直接の誤りは日本の首相のほうにある」と述べた。
The visits even seem to eat into Japan's relations with Russia, a country Japan is trying to develop as a regional source of oil and gas. On Thursday, Igor Rogachev, Russia's outgoing ambassador to China, cited Koizumi's Yasukuni remarks, saying "the latest mistake is from the Prime Minister of Japan."

の、日本での報道がどうなっているか調べたが、見つけることができなかった。

このときの発言は、

原油の対中優先供給を明言 油送管問題で駐中国ロ大使
北京19日共同 - Yahoo News JP
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050519-00000206-kyodo-bus_all

で報道された機会になされたもので、IHTの記事もすぐあとにこの明言に触れるが、日本語の記事では、この小泉首相の誤り云々の部分は省略されている。もっともこの文脈で靖国問題について発言をするロシア大使の意図は不明で、不用意に報道すると経済外交問題靖国問題とのリンクがあるかのような印象を与えるとの配慮があるのかもしれないが、逆に、靖国問題日中関係を越えた場で微妙な外交カードに使われるかもしれないという可能性を考えるべき機会が失われる。

問題の発言は上のYahooの記事のソースと同じ共同電の英語版を用いる、Japan Timesの記事では確認できる。

China to get oil before Japan: Russian envoy
The Japan Times: May 20, 2005
http://www.japantimes.co.jp/cgi-bin/getarticle.pl5?nn20050520a3.htm

このJapan Timesの記事は、「(小泉首相靖国神社を参拝するのは)何の目的なのか私には理解できない For what purpose (Koizumi visits the shrine), I can't understand.」というロバチョフ大使のことばで結んでいる。

私にも理解できない。個人の趣味や宗教的信念のレベルではなく、政治家としての合目的的行動のレベルで。やはり理解できないのは、同じ政治家の同じときの発言を紹介する報道が日本語のものと英語のもので、上の二例で見るような微妙とはいえ、無視できない違いがあることだ。国内向け報道で日本人が持つ日本の立場への自己イメージと、国外報道で外から見たイメージの差がこんなところの積み重ねからも生じてくるのではないか。

そういえば「最低限の国際的なマナーは守ってもらいたい...先般の大使館などへの破壊活動と一脈、通じるものがある」という、結局外務大臣のものと明らかにされた発言、ここにある、中国の外交のしかたを国際マナーに反する側に位置づけて見せようとする意図は、国内的にはいいかもしれないが、国際的には効を奏さないように思える。

IHTの記事に「外交プロトコルにうるさい日本では」というような表現があったが、ヨーロッパ人から見れば、中国もプロトコルにはうるさい国だというイメージがある。そして、そういう国が直前の会談キャンセルという飛び道具を持ち出すからには、よほど何かあるに違いないとという観測が生まれるだけのことだ。そして次にこの飛び道具に日本がどう有効に反撃するかが観客の興味となる。それが、外務大臣がマスコミへの発言で相手を下司扱いでは、こちらのほうが子供じみて見えるだけだ。これについては、IHTに紹介された小泉首相の発言の−−ただし前半−−のほうがクールでよかった。特に、日本語のままのよりも、英語訳になっているほう。

It would have been a good opportunity since the meeting was proposed by them,"


そしてこうした事態をずっと貫いて流れている、小泉首相靖国神社参拝の問題。id:swan_slab さんが、あれこれの価値観のどれをも自明なものと見なさず、それぞれの価値要素の調整や重みづけを問いながら、考察を展開している。
http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20050522/p1
http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20041201/p3
既存の左右の布陣の中の位置づけにしたがって半自動的に局所的な言明を行うのと違い、こういう作業には、誠実な知的努力と、守るべき価値の選択へのひっきりなしの問い直しが要求されるものだと思う。こういう文章を日本の新聞で読みたいものだ。swan_slab さんは、まず一つの切り口からの議論を展開しているが、その切り口をすべての人が優先させるかどうかは別としても、その議論はまず必読。私も議論の発展に私なりのやりかたで参加してみたいが、アウトプットまでには、ちょっと今そのための知的エネルギーの蓄えがない。その代わり、何度も読んで考え、他の議論と頭の中でつきあわせる。