フランスの大学の学内選挙−−学長・評議員はどう選ばれるか

フランスの多くの大学で12月は学内選挙の季節である。

国立大学の機構は法令−−基本的には1984年に作られたサヴァリ法 Loi Savaryとその後に定められた施行規則−−によってどれもだいたい同じようになっている。その中で3種類の評議会が意志決定・政策決定機関として中心的役割を果たす。そのメンバーは2年に一度改選されるが、その選挙が選挙年にあたるところではだいたい12月、早いところでは11月、遅いところでは年を越してから行われる。

なぜこんな時期になるかというと、夏休み明けの新学期が始まって、選挙人名簿が確定するのが早くても10月中旬以降、遅ければ11月末だからである。選挙人のうち、教員、職員のほうは新学期にはまず人事が確定しているが、学生のほうの登録は上のほうの課程になると大学によっては公式の締め切りが11月の後半のところもあり、それらの学生を含む選挙人名簿の確認、公示、投票という手続きでこのあたりにずれこんでいく。

選挙人名簿は私の知っているいくつかの例で言う限り、大学のしかるべきところに張り出される。名簿は正規登録しているすべての学生を含むので、留学一年めの日本人学生が、自分の名前を含むリストを、試験結果の発表の時期でもないのに突然掲示板で目にして何事かと思ったりということにあいなる。そこからさらに興味をもって、投票してみれば、投票所の受け付けで、立候補者(グループ)の名前(名称)が一枚にひとつづつ記された小さな紙切れを立候補者の数の分受け取り、投票箱に入れる分の1枚だけを選び、あとは全部ごみ箱に捨てるという、大統領選挙をはじめすべての選挙に共通の、あまりエコロジックでないフランスの投票システムを経験する機会となる。

さて、こうやって行われる学生の(あるいは教員、職員の)投票は、大学の政治機構の中でどのような意味をもつのか少し具体的に見てみよう。

具体例−パリIV

例として、パリ第4大学(パリ・ソルボンヌ)をとりあげてみる。あらかじめ断っておくと、私はこの大学とは何の関係もない。例として挙げるのは、フランスの大学として「ソルボンヌ」*1という名で多くの人がまあ代表的として思い浮かべる大学だろうからということである。この大学の政治機構や学則についてはそのウェッブ・サイトで発表されている。

以下の記述はすべてこれら公表された情報にたよったものである。どの大学にもほぼ共通なオフィシャルな枠組みを紹介する一例としてこの大学を扱うためには、これらで十分であろう。大学政治の舞台裏にはここでは興味がない。ただ、この文章を読む方に実際この大学に通っておられる方もいると思うが、事実関係に誤りがあれば、訂正していただきたい。また2004のデータに基づいているので、今年から導入された学年課程の新制度(LMD)には対応していない。ちなみに、パリ第4大学の、大学の規模は、2004/2005年度の数字で学生数2万5876人、教員数957人。職員数はウェッブサイトでは不明。

■学長と評議会

個人として権力構造のトップにあり、大学を代表するのは「学長 Président」である。これは大学の柱をなす3つの評議会の評議会員で作る総会での票決で選ばれる。任期は5年。一期おわったら次の5年間は再選・再就任できない。ただしそれを過ぎれば再選は原則的には可能。フランス国籍を持つものに限る。教員としては国籍条項のある唯一の役職である。以上はサヴァリ法の規定*2によりすべての大学に共通である。

大学の柱をなす3つの評議会とは、

  • 管理運営評議会 Conseil d'Administration
  • 研究評議会 Conseil Scientifique
  • 学業・大学生活評議会 Conseil des Etudes et de la Vie Universitaire

である。それぞれを簡単に見ていく。

■管理運営評議会 (CA)

管理運営評議会は、最高意思決定機関といってよく、予算案や会計報告の承認、人事の最終承認も−−形式的とはいえ−−ここで行われる。学長の多くの権限はこの評議会から委譲された形になっている。

パリ第4大学の例では、メンバーは全部で60人。そのうち教員が26人。学生が12人、職員が6人、学外者が16人。これは1984年のサヴァリ法で定める「管理運営評議会の人数は30人から60人、そのうち教員が40-45%、学生が20-25%、職員が10-15%、学外者が20-30%」の規定に添った一つの例である。

学外者メンバーは管理者運営評議会で第2位の割合を占めるが、この中の構成も84年の法律とその追加規定、施行をさだめた政令などで規定されており、パリ第4大学の規定・実例でいうとイル・ド・フランス地域圏の代表者1人、パリ市の代表者1人、労働組合の代表者5人、経営者組合の代表者5人という割合になっている。労働組合は、共産党系のCGTから、保守系のCFTC、管理職組合のCFEまでフランスの代表的な5つの組合組識から一人づつ。経営者組合のほうは大企業の経営者で作るMEDEFから3人、中小企業組合のCGPMEから2人。

■研究評議会(CS)
研究評議会は、研究関係の指針・プログラムや研究費の割り振りを管理評議会に提案する役割を持つ。

パリ第4大学の例では40人で、そのうち28人が教員、4人が教員以外の大学構成員、4人が第3課程の学生(5年次課程以上、日本でいうと大学院の学生)、4人が学外者となっている。上の管理運営評議会のばあいと似たように、法令では20人から40人、構成員の割合をいくらか幅をもたせて定めてあるものの具体的な実現例の一つである。

研究ということで教員の割合が圧倒的に多く、また学生のメンバーも第3課程以上という制限がついている。学外者もこのばあい大学外の有力研究機関の代表からなっている。パリ第4大学の例で4人の非教員構成員と定義するメンバーは博士号をもつが教員でないもの1人、博士号をもたず教員でもないもの1人、技術系職員2人となっている。これらのカテゴリーの成員を含めるのも法律の規定による。

■学業・大学生活評議会 (CEVU)
学業・大学生活評議会は、カリキュラムや教務関係事項など学業・教育、そして学生生活全般にかかわる指針や案件の処理を管理評議会に提案する役割を持つ。

構成員はパリ第4大学の例でいうと、全部で20人のうち、教員8人、学生8人、職員2人、学外者2人。法律では20人から40人の間と定められている。教員と学生が同数づつなのも法律の規定による。

ここで特徴あるのは学生メンバーのサブカテゴリーを定めていることで、この例では、3人が第1課程(1・2年次課程)、3人が第2課程(3・4年次課程)、2人が第3課程というように、立場の異なる学生の複数の層をカバーしている。学外者2人のうち一人は、学食・寮・住宅アルパイト斡旋などを扱う地域学生厚生センターCROUSの代表となっている。

■学長選挙人の構成

上で見た、パリ第4大学の3つの評議会のメンバー構成をもう一度まとめると以下のようになる。

  • 管理運営評議会 60人 −− 教員 26、学生 12、職員 6、学外 16
  • 研究評議会 40人 −− 教員28人 学生4人、教員外要員4人、学外 4人
  • 学業・大学生活評議会 20人 −− 教員 8、学生 8、職員 2、学外 2

すでに触れたようにあ、この120人が学長選挙の選挙人となり、どの評議会に属するか、どの成員カテゴリーに属するかに関係なく1票づつを持つ。学長となるものはこれらの選挙人の過半数の支持を獲得しなければならない。

大学の成員を構成する3つのカテゴリー教員・学生・職員、および学外者のあいだで、選挙人の割合はどうなっているだろうか。便宜的に研究評議会の教員外要員を職員のカテゴリーに入れておく。3つの評議会を合計すると、カテゴリー別の選挙人数とその百分比は、教員 62人(51.7%)、学生 24人(20%)、職員 12人(10%)、学外者 22人(18.3%)。

教員の票数が50%を若干上回る。法律が、3つの評議会の中の割合を定めるとともに、この条件を明示しているためである。あるい意味で常識的であるが、学長選挙における教員票の絶対的優位性を確認したものとなっている。それを確認した上で、この例でいえばそれぞれ、20%、10%、18.3%を有する、学生、職員、学外者票の役割はどのようなものであろうか。これから先は個々のケースの政治の話になってくるので、一概にはいえないが、少なくとも学生、職員の票はキャスティング・ヴォートになりうること、これらの票や、また学外者の多様性も考えても、学長として選任されるにあたってはその人物が幅広いコンセンサスを得ることが必要だということは言える。

評議員選出の政治学

ところで教員、学生、職員のそれぞれのカテゴリーで評議会員がどう選ばれるか。これはそれぞれのカテゴリー独自のシステムでそれぞれ別々に選出が行われる。教員でいえば、助教授、教授といった職位、また学部別に被選挙人の割り当てが決まり、それぞれの枠に入る個人が選ばれる。

学生の場合は、これは通常学内に複数ある学生組合、あるいは選挙のために急遽作られるグループが候補者リストを提出し、名簿式比例代表制の原理で、得票率に応じ各て評議会の学生枠への議席配分を得ていく。

職員のばあいはまた別の論理が働く。そもそも便宜上、上では一口に職員と呼んだが、フランス語では大学の職員は職能を区別しながら総称して 「エンジニア・管理事務員・技師・労働者職員 Personnels Ingénieurs, Administratifs, Techniciens et Ouvriers de service (略して IATOS)」と呼ぶ。選挙では、これらの職能グループ、また各部署の、複数ある労働組合の代表という観点が複雑にからまる。ただこのあたりは大学の状況によってかなり異なるように思う。

投票行動もこの3つの大学構成員カテゴリーによって異なる。教員、職員の投票率が70-90%ほどだとしたら、学生の投票率は、特別な争点でもないかぎり、どの大学でもだいたい10から20%の間くらいではないかと思う。教員、職員と違って学生にとっては大学は何年かで通過していく場所だということでもあるし、評議会の中でも学生の役割は、立案というよりも、プロジェクトに対し意見を言うほうに大部分はとどまるから、教職員と同じモチヴェーションは持てない。ただ、投票率が低いことが即、形骸化ともいうことでもないだろう。要は制度的な保障が重要で、逆説的にいうとこの部分の投票率が80%になるときは、学内対立に深刻な問題があるばあいだろう。

学生の提出するリストは全国的に組識された学生組合のものと、各大学に固有に作られた会派のものがある。現況ではだいたいの傾向として、歴史が最も古く現在は社会党とつながりの深い左派系の全国組織 UNEF(Union nationale des étudiants de France)が、全国的に平均して最大会派である(だいたい学生票の40%くらいか)。これはそう学生の一般世論から離れてもいないと思う。これに続き種々の政治的カラー、それなりの活動の歴史をもった全国会派が一定の割合を占め、また先ほど触れたように、大学によってはその大学固有の会派が多くの票を得る。ただし明示的に右派の政策をうたったものの浸透率は低い。

学生の投票率が低いということには、選挙結果が、学生の一般世論からみてかなり離反したものになる危険性が潜在的に含まれている。少数派が強い組織力を発揮すれば、特定の宗教的・民族的・国籍グループの利益の保護を優先する会派がかなりの数の議席を得るということもありうる。極端な例をいえば、日本人の学生が日本人学生会のリストを作り100%の日本人学生が投票すれば、大学によっては各評議会にいくつか議席を得ることも算術的には可能ということになるはずである。ただ、私の知る限り、フランス以外のフランス語圏の学生が運動に活発な傾向をみせ、議席を得て外国人学生の立場を代弁しているケースはあるが、極端なコミュノタリズムが一般的に問題なっている話はあまり聞かない。探せば大学によって個々のエピソードはあるだろうが、全国レベルで問題となってはいないと思う。いずれにせよ問題が起きて学生たちが危機感を覚えたときには次の選挙で投票率が上がれば済む話で、制度に起因する構造的な問題ではない。

大学の中で評議員や、それを通して間接的に学長を選ぶのに、教員−学生−職員の三者がそれぞれ決められた配分でその権利を行使し、大学の政策決定に与かっていく原理は、学部(UFR)レベルでも相似的に縮小された形で維持され、学部長選挙にも適用される。また、この三者の参与の原則が国の高等教育政策レベルに反映されているのが CNESER (Conseil national de l'enseignement supérieur et de la recherche 高等教育・研究国家評議会)である。記事表題から少しはなれるが、この組識について簡単に説明して、この記事を終ることにする。


CNESER

Conseil national de l'enseignement supérieur et de la recherche 直訳すれば「高等教育・研究国家評議会」で、国家教育省付きの組識である。その役割・権限は二つに分かれており、それに応じて構成も違う。フランス語版のWikipediaに要を得た説明があるので、それをもとに、適当な一次情報で補完しながら、まとめておく。二つの役割とは、高等教育・研究にかかわる国の政策決定の諮問機関としてのそれと、学生・教員の懲戒裁定機関としてのそれである。

高等教育・研究に関わる政策の諮問機関としての CNESERは62人の構成員からなる。その1は国家教育省付きの高等教育・研究担当副大臣で議長でもある。残りの61人のうち40人が大学あるいはそれに準ずる教育機関の構成員でありその内訳は、教員22人(うち11人が教授ランク)、11人が学生、職員が7人でそのうち一人は図書館司書。その他の21人が大学外の人物で、各種研究組識団体や労働組合、企業家組合、社会・文化団体の代表者から選ばれる。また下院議員1人、上院議員1人を含むことも規定されている。11人の学生のメンバーはやはり学生組合の各派からのリストで選ばれている。上で、UNEFの大学の評議会における勢力が全国平均して4割と推測したのはこの評議会での勢力関係で判断してものである。

このように構成された機関に対し、国家教育省は、長期的な大学教育・研究政策、大学入試制度、大学カリュキュラム、大学への補助金配分などについて説明を行い、評議会内では討議や意思表示のための票決を行う。諮問機関という性質上、最終的な拘束力はないが、常識的にここでの決定は守られる。

CNESERの教員・学生の懲戒裁定の部門は、拘束力を持つ決定を下す権力を持ち、構成員は14人。教員は10人、学生4人。職員の懲戒は一般公務員と同じく別のラインで行われるので、ここでは教員と学生しか関係しない。教員メンバー10人のうち教授ランクのものが5人、位階がそれより下の教員が5人。この審議に教育相が立ち入ることはできない。各国立大学、あるはそれに準じる機関でもちあがった懲戒手続きの最終の裁定がここで行われる。教授の懲戒に関しては教授ランクのメンバーで、教授より位階が下の教員の懲戒に関しては教員の全体で審査が行われ、これには学生の代表は参与できない。学生への懲戒が問題になる場合に、はじめて14人全体での審査が行われる。

これら二つの任務に関して、CNESR内部あるいは教育省との関係でどのような争点があったかも興味深いところだが、この記事の主題を大きくはずれていくので、このあたりで。

いわずもがなのおまけ。

日本のことを引き合いに出すのは野暮だろうか。日本を代表するといわれている東京大学の例は

このあたりか。

大学のめざすものも、歴史(長期的な歴史だけでなく、特に過去40年の歩み)が違っているので、もはやあまり比較しても意味がないところまで来ているようにも見える。

しかし、学長選挙への職員、学生参加については、有名なところでは一橋大学でいろいろと議論があったのは耳にしたし、また旧国立大学で、最近の独立行政法人化に伴う改革で、いろいろと努力されている方がいるというのも聞いている。が、日本の大学改革についてうとく、今何が起こっているか理解が追いつかないので、これ以上、人さまの組識からネットで具体例をさがしてきて比較したり、コメントしたりするのは、控えたい。



もう一度だけおまけのおまけをつけるかもしれませんが、一旦アップします。大学は誰のものかということを考えながら自治的な教育・研究組識の原理に基づいた改革を少しでも進めようと努力されている方々への敬意を込めながら、そして、とくに今学生をされている方、これから大学生になる方へ、大学のありかたを、最近の日本という枠組みから少し離れて考えてもらうきっかけになればと思いながら。

*1:実際には「ソルボンヌ」という名前を名の一部に持つのは「パリ・ソルボンヌ」のパリ第4大学だけでなく、パリ第1大学(パンテオン・ソルボンヌ)、パリ第3大学(ソルボンヌ・ヌヴェル)がある。

*2:サヴァリ法をはじめ、大学関係の様々な法令集めたサイトとしては http://www.ifeu-uni.com/rubrique.php3?id_rubrique=7 が便利。