イラク人への主権移行


6月28日、イラクへの主権移行が抜打ち的に2日前倒しで実施。

「主権委譲」、「主権委譲」と言葉が一人歩きしている*1。なんとかめでたしめでたしで、あとはテロの問題だけが残っているかのような考えの枠組みにもっていきたいのがアメリカ政府だろう。主権委譲についての脈絡を欠く表面的な報道の数々はそうした方向に寄与する傾向がある。フランスの各紙の分析が気になるが、ちょうど主要紙の論調をまとめた 便利な AFP 記事。

限られた主権、極めて危ない時期。フランス紙の見方。
Souveraineté limitée et période de tous les dangers, selon la presse française

AFP | 29.06.04 | 04h49

リベラシオンユマニテのほうは暫定政府の権力が極めて限られていることに焦点をあてる。リベラシオンは、民主的正統性がなく立法ができない、歳入が一部国連の管理下にあり予算を自由に使えない、国の主権の本質である自分の軍事力だけを自己の領土内で行使できる権利を有さないこと、政府組織の隅々に配置された米国「顧問」、16万人の多国籍軍の存在を列挙し、「形容詞だけの主権」と。レゼコ Les Echos, ラ・クロワ、フィガロなどは、テロの問題に限らぬ暫定政府が統治する期間の不安定さ、行き先の不透明さをとりあげる。


主権移行の実態についてはリベラシオンの記事が上手にまとめている。


問題含みの名目的主権移行に関する4つの質問
Quatre questions sur un transfert de souveraineté symbolique et problématique

Par Libération.fr lundi 28 juin 2004 18:42

1.月曜日に統治権を持ったのは? 2.暫定政府の実質的権力は? 3.アメリカ人、その軍隊が果たす役割は? 4.主権移行後も暴力は続くか?


29日付けのルモンドも、1,2面で総合的な解説をつけるが、他紙にない目玉は、毎週火曜日に別冊でつく経済欄でのイラク特集。ただし有料記事。

ル・モンド6月29日付、別冊経済欄

ブッシュ、イラク人に荒廃した国を引渡す
現状確認
厳しく枠をはめられている暫定政府の予算面での主権
ひっそりと再開するバグダッド証券取引所
債務帳消しは契約獲得のための交換条件
「再建政策は略奪の政策」(イラクエコノミストへのインタビュー)
石油、イラク方程式のキーとなるしかし制御不可能な変数

George W. Bush transmet aux Irakiens un pays dévasté
Etat des lieux
Le gouvernement intérimaire jouira d'une souveraineté financière très encadrée
La bourse de Bagdad rouvre ses portes dans la discrétion
L'annulation de la dette, monnaie d'échange pour obtenir des contrats
La politique de la reconstruction est une politique de pillage(entretien avec Hilal Idriss, économiste, président de l'association des économistes irakiens)
Le pétrole, variable clé et toujours incontrôlable de l'équation irakienne

*1:イラク暫定政府へ主権を委譲」という判で押したような表現を目にするたびに、なんとなく違和感を覚える。テクニカルにはそうだが、実態はどうであれまず何より「イラク人(「イラクの人々」、「イラク人民」等々)へ主権が返還」ということでなければならないはずだ。建前だけでもイラクは共和国であったはずだし、これから目指すのも主権在民の民主国家であるはず。「暫定政府に主権、権力移行」に類似の表現は英語でもフランス語でもしているが、それより前に、handover of power / sovereignty to Iraqis, transfert du pouvoir / de la souvrainté aux Irakiens という単純な表現がある(ブッシュの開戦前の約束の文言でもある)。言葉として座りが悪いのか、日本語の見出しではめったに目にしない。そんな疑問を持ちつつル・モンドのペーパー版を見ると見出しは「Le pouvoir a été rendu aux Irakiens 権力(主権)がイラク人に戻った」。こういう単純な表現が日本語の書き言葉で普通にできるようにならないものか。無理矢理漢語やカタカナ語の術語をを使うことでどんどん単純な本質から遠ざかっていく。子供向けのニュースを読んではじめて事柄を納得することがしばしばあるが、フランス語の記事を読んで納得するときの感じに近い。イラクでのこれから起る衝突の火種となるのは、「イラク人への主権の返還」という多くのイラク人にとって希望でありかつアメリカ政府にとっては建前であるものと、 「(米国の息のかかった)暫定政府への権力移管」という実態の間のずれにほかならないだろう。