デンマークの移民政策に欧州評議会から批判の動き

ティエン・ダンに幸せが訪れてもいいはずだ。ベトナム人、26歳。デンマークで居住許可証を持っている。ロスキルデ(東部)郊外に住み、デンマーク語を流暢に話し、住居も、この4年来の定職もある。両親と兄弟二人は隣りに住んでいる。がベトナム人の妻は2児の母でありながらデンマークでは来て欲しくない人物(ペルソナ・ノン・グラータ)である。ティエン・ダン氏がこの国に溶け込むのに成功しているのに、デンマークの移民局は、その妻の呼び寄せ許可の申請を却下した。彼女のベトナムとの絆はデンマークとの関係よりも強いという理由をつけて。


2002年11月からデンマークで夫と一緒に暮らしていた妻は今年の3月にベトナムに送還された。ベトナムで彼女は第2子を出産し、子供のほうの居住許可の申請は現在審査中である。しかし家族揃っての生活の前途は暗い。夫と二人の子供(4歳の子供には居住権が与えられる)に会うために彼女に許可されるのは、この先、普通の旅行者として最長3か月だけになりそうだからだ。

7月23日づけリベラシオンの「移民のカップルを引き裂くデンマーク Le Danemark briseur de couples immigrés」と題する、デンマーク発の記事である。

記事は以下のように続く

このためティエン・ダンは、難民・移民・同化担当大臣を相手に裁判で訴えることにした。弁護士のアナス・クリスティアン氏は、このような悲しむべき「ツーリスト母」の存在を嘆き、家族が一緒になることを妨げているデンマークの家族呼び寄せに関する法律は、すべての個人に家族生活の権利を保証する欧州人権規約に違反していると主張する。ティエン・ダン氏の妻の退去のすぐ後になされたこの訴訟は、欧州評議会人権監視委員のアルバロ・ジル=ロブレス Alvaro Gil-Robles 氏によるデンマーク政府の超厳格な移民受け入れ政策に対する厳しい批判の後、今週再び注目の的となった...

この批判の意義について、リベラシオンの記事も舌足らずなので、少し補足しながら以下にまとめる。

デンマークでは2001年11月の総選挙で、移民受け入れの制限を公約に議席を伸ばした右派の「自由党」が、さらに右の「保守党」と連立を組み、アナス・フォ・ラスムセン Anders Fogh Rasmussen を首相とする政府が発足、翌年に移民関連法を大きく変更した(手直しは現在でも続いている)。これは日本でもニュースにはなったと思う。デンマーク国内では激しい議論の的になったようだが、欧州全体を巻き込む大きな議論、抗議というのは起きなかった。オーストリアでは2000年に極右のハイダーの加わった内閣が発足したとき、激しい抗議の波が欧州全体で起き制裁措置、ボイコット運動まで起きた。デンマークの新政策は2年前にオーストリア政府のやろうとしたことより制限的なのにあまり関心を引かないと嘆く人々もいた。

デンマークの新しい移民政策の中でも特に、家族の呼び寄せの制限は上で紹介されたような例を数多く生み、批判の対象になっていた。その文脈の中で、問題の欧州評議会人権監視委員のアルバロ・ジル=ロブレス氏の批判というのが出てくるのだが、この批判とは単に氏が、記者会見か何かで、「デンマークの政府のやっていることはよくない」と言ったというような性質のものではない。デンマーク政府のほうとしても「そうは言ってもこっちに事情がある」と適当に言い返しておけばいいというような類のものではない。

ジル=ロブレス氏の批判の文書は、欧州評議会のサイトのからダウンロードできるが(PDFWordDoc) 7月8 日づけで次のような正式タイトルを持っている

Reported by Mr. Alvaro Gil-Robles, Commissioner for Human Rights, on his Visit to Denmark 13th - 16th April 2004 for the attention of the Committee of Ministers and the Parliamentary Assembly

すなわちこれは、評議会の人権監視委員(実際には委員長)のジル=ロブレス氏が4月にデンマークを査察に訪れた際の報告書で、欧州評議会の閣僚委員会、議員会議宛に提出されたものである。全29ページ。冒頭にこの査察をの法的根拠が明示されている。デンマークに限らず欧州評議会に属する国々は協約によってこうした査察を受け入れなければならない。査察は定期的なものものあれば、重大な組織的人権侵害の疑いがある場合になされるものもある。

どの国も人権保護については必ずやどこか不備がある。「人権先進国」の場合には、こうした報告書では、こまごまとした問題点が列挙されるものになる。が、今回のデンマークの査察報告書は、少し違って、2002年に変更された移民法のもたらす人権侵害について大幅な指摘ががなされている。報告書の中では、新しい難民審査の方法についての問題をはじめ、いろいろな点での指摘がなされたが、その中でも明確な厳しい批判の対象となったのは家族呼び寄せの制限の問題である。

具体点をいくつかあげると、新しい法律では夫婦の両者が24歳を過ぎないと配偶者の呼び寄せは極めて例外的な場合しかできないという規定が問題として指摘されている。配偶者の片方がデンマーク生まれでデンマークの国籍を持っていても24歳以下の場合はこの国で一緒に生活できないことになる。さらにこの条件に呼び寄せる側の経済条件や、呼び寄せられる方についても彼あるいは彼女のデンマークへの絆が出身国への絆よりも強いこというあいまいな条件がある。

デンマーク人でないもの、デンマーク国籍を後から取得したものについては、配偶者者を呼び寄せることはさらに極めて困難、ほぼ不可能といってもいい。デンマーク生まれのデンマーク人でなくてもこの国に28年以上正規に居住するものについては配偶者呼び寄せの権利が緩和されたが、逆にいうと8歳でデンマークに来てデンマークで育ったものは36歳になるまで外国から配偶者を連れてくるのは不可能と報告書は指摘し、デンマークで子供のころから大学まで教育を受けデンマーク語を母語として話す女性が夫を呼び寄せられないという具体例を挙げる。他に約5万クローネ、7千ユーロを保証金として国に供託するという規定なども批判され、以上のような規定を伴うデンマークの新しい移民法はは欧州人権規約の保証する家族で生活する権利を侵害するものだと報告書は批判する。

報告書といっても、これは閣僚委員会、議員会議に対する答申書であり、批判だけでなく最後のほうでもう一度、デンマークは新移民法をこうした点について見直すべしとの勧告でだめをおしている。これを受けて閣僚委員会、議員会議でデンマークにどの点に関しどのように勧告すべきかどうかが話あわれていくことになる。欧州人権裁判所での裁判については前に何回か触れたが、これは裁判ともまた違うその前段階で、裁判になるようなケースを防ぐための話合いと言っていい。勧告を無視したとしても最終的に裁判で負ければデンマーク政府としても元も子もない。したがって、裁判所の判例と今回の監視委員の勧告の整合性、閣僚委員会、議員会議での決定などいろいろな要素を勘案しながらデンマーク政府は方針を決めていくことになるだろう。

果たしてティエン・ダンに幸せが訪れるのか、いつ訪れるのか分からないが、彼の起こしている訴訟にとっても、この報告書は−−彼のケースはそこには直接触れられてはいないが−−悪いニュースではないだろう。

リベラシオンの記事に話を戻すとこの記事の最後の一行は次のように閉じる−− Quelque chose de pourri au royaume ? (「王国では何かが腐ってはいやしないか」)。もちろん、「デンマーク王子」ハムレットの物語の中のマーセラスの台詞 Something is rotten in the State of Denmarke (ユーゴの仏訳で Il y a quelque chose de pourri au royaume du Danemark )をもじったもので、それを知るものがニヤリとするようになっている。もっとも記者のオリジナルというよりデンマークでは常套句のようだ。昨日の日記でちょっと触れたが、ル・モンドには見られないリベラシオンらしい記事のスタイルである*1

*1:そういえばこの記事のサブタイトル「Bruxelles attaque la politique très restrictive du pays en matière de regroupement familial. ブリュッセルは家族呼び寄せに関する同国の極端な制限策を批判」は大チョンボ。このタイトルをつけた人はEU(Eunion Européenne 加盟数25か国)の欧州委員会 Comission Européenne (本部ブリュッセル)と欧州評議会(Conseil d'Europe 加盟数45か国。本部ストラスブール)をごっちゃにしている。