花粉に誘われて

id:yskszkさんのところから、id:shimozawa さんのところへ飛び、後者の本家サイトの Les pollens qui pensent を知る。

個人的にはくしゃみと鼻水が出そうななタイトルだが、視覚的にも言語的にも美しいサイト。最近の書き入れの「アンリ・メショニックさんのこと」に目を惹かれた。メショニック Henri Meschonnic 氏の著作には2度もやもやを解決してもらった恩があるのでその人となりを興味深く読んだ。「御茶ノ水博士」というので何となくわかったような気になる。

メショニック氏の近代フランス語に関する本「De la langue française -- Essai sur une clarté obscure(Hachette, 1997 Ed. revue et augmentée)」では、「明晰なフランス語」という神話、自己イメージがどのように生まれてきたか、フランス語がラテン語、イタリア語に相対してどのように自己を確立したかをかなり実証的に解説してしてくれている。フランス語といえば、いまだに明晰さ、ポエジー、純粋さ、美などのキーワードで神話を増殖させる傾向が−−特に日本では−−ある中で、 解毒薬としてもっと読まれ、翻訳されてもいいのではないかと思う。

リズムを言語論の重要な基礎的要素に据えようとする彼の「Critique du rythme(Verdier, 1982)」の中では、新聞記事や天気予報といった散文にも裏側に目に見えないある種のリズムの規則が支配していることが示されている(大著の中身のごく一部)。その辺の三面記事や役人の書いた文章も生きた言語表現として読める楽しみを発見し(必ずしも著者の意図するところではないだろうが)、同時に理論的な著作にもリズムに支配された常套表現の忍び寄る危険があることに気がついた。 ただしこの著作での、理論の前提をどこまででも基礎に遡ろうとする姿勢、同じことを手を変え品を変え繰り返してくるある種の冗長さなどで膨れ上がった記述は、私のような素人にはかなりしんどい。広範な問題に触れている著書だが、とりあえずだれか部分部分からでも分かりやすく解説してくれないだろうか。