契約社員 vs. 正社員(非契約社員?)

id:temjinusさんのところで読んだ記事(id:temjinus:20040911)に触発されて、前から思っていたことを少し。あるいは(非)翻訳講座。

日本語の中でちょっとした難翻訳語に「正社員」と「契約社員」というのがある。いや、フランス語での現実の似たような対概念に置き換えるのは難しくない。が、字面の翻訳はほぼ不可能だということだ。

フランス語で使われる対概念は被雇用者の契約期限条件について言う「Contrat à durée indéterminée 無期限契約」と「Contrat à durée déterminée 期限付き契約」だ。長ったらしいので話言葉では CDI(セデイー)とかCDD(セデデー)のように言う。これを使って正社員を salarié (e)(employé(e)) en CDI契約社員を salarié(e) (employé(e)) en CDD とすればまあ似たような意味になる。

契約形態の分類にはまた 「temps complet (plein) フルタイム」と「temps partiel パートタイム」があり、CDIとCDDとの組み合わせで

  • CDI + temps complet(無期限契約でフルタイム)
  • CDI + temps partiel(無期限契約でパートタイム)
  • CDD + temps complet(期限付き契約でフルタイム)
  • CDD + temps partiel(期限付き契約でパートタイム)

と4通りがあることになる。日本語の「正社員」には最初のものが一番近いということになるだろう。

しかし、「契約社員」と「正社員」という不思議な表現の字面は訳せない。「契約社員」という表現の対概念は、ばか正直に考えれば「無契約社員」になるが、まさか salarié sous contrat と salarié sans contrat というわけにはいくまい。これでは「正社員」ならぬ「不法雇用者」になってしまう。今改めて手元の和仏を引くと、「社員」の項目に「正社員」の訳として employé régulier というのが出ているが、そうすると、それ以外の社員は employé irrégulier になるのか、すると今度はこちらが「不法雇用者」になってしまう。

「正社員」と「契約社員」の区別には、日本で両方をやった経験からいうと、「イエの者」と「傭兵」の区別のようなニュアンスが横たわっている。そして「イエの者」以外を正規でない存在とするような意識も見える。契約社員から正社員になるというのは、契約(契約書にある通りいっぺんの労働条件や労働基準法)に関係なく好きなように使える・使われる存在になるということに似ており、そういう意味で、それこそ「無契約」社員になることだ。id:temjinus さんが書いていることの趣旨に近くなるが、「正社員」ではなく「契約社員」や「アルバイト」に留まりたいという若者の多くには、「無契約社員」になることを拒否するという意志が働いているはずだ。ほんとうならば全ての被雇用者が、労働時間や休暇、職務責任の限界などに関して、雇用契約と法にもとづく「契約社員」でなければならないはずであり、それらがきちんと満たされれば、「無期限契約+フルタイム」を選びたいという人は多いに違いない。人は普通、経済的な安定を望む。ただし無法状態の犠牲になることと交換したいかといえばそれは別だ。

CDI(期限なし)とCDD(期限付き)に話をもどせば、フランスでは建前の上では雇用契約の基本は、CDIということになっている。CDDの条件で人をを雇っていいのは、季節労働者、代替要員、過渡期の労働力などが必要でCDIで人を雇う条件が整っていないときに限られる。リストラでCDIの雇用者の首を切ったあとを、すぐにCDDで埋めることは禁じられている。またCDDを更新して雇い続ける最長期限はケースによって18か月から24か月だ。たとえば6か月のCDDを4回更新しようとすると、このポストは常時に労働力が必要な状態と見なされ、雇用契約CDIに変更しなければならなくなる。ただしこれらは建前で経営者はあの手この手でCDIの雇用者を多くかかえることを回避する抜け穴を考えるが、これはこれで、こうした「保護」が労働市場の硬直化を招き、高失業率を生むという議論とともに、別の話である。

日本から進出している企業の人事部に勤めるあるフランス人が、日本から派遣されてくる管理職の人がどうしてもこのことをよく理解してくれないとぐちをこぼしていた。無条件、無期限に臨時社員を雇えると思っているので、できないということを説明するのに苦労する、分かってくれたと思ったら、2年か3年で転勤になりまた新しい人がくるので、一から説明しなければならない、云々と。

CDD(期限付き)からCDI(期限なし)になっても、「正社員」になるのと違い、労働条件についての保護は同じだ。いや、次の夏にやっと晴れて人並みにバカンスに行けるという保証ですらある。そして首を切られにくくなるだけだから、フランスではだれもがCDIを望む。 不安定な雇用条件に悩んでいる若いカップルの片方が CDDからCDIになったという吉事は、レストランでのささやかなディナーの機会となり、ウエイターにもいつもより大目のチップの余録が回ってくることになる。