TCEをめぐって困ったことなど

EU憲法条約(Traité Constitutionnel Européen)のフランスでの国民投票否決について、Attac Franceの「勝利声明」の日本語訳は、回覧されていて、Attac Japanのサイトでも発表されているというのを、リンク先をいくつかたどって知る。これ自体は困ったことではなく、むしろ逆だ。

「EU憲法新自由主義だ、ということで反対している人がいる」のをその声明を読んではじめって知ったというような感想を書いている方の紹介文を目する。「「なんか、あんまり知らない話だなあ」という方が多いと思うが」とも書かれている。これも別に困ったことではない。フランスは遠い。

さて、困ったのはその先だ。というのは、これの教えるところでは、反グローバリズム派による「新自由主義」批判が否定論の主流ということを大前提として、その批判がほんものかという疑問で過去1週間ほど私が書いてきた議論は、マイナーな話の上にマイナーな批判を重ねたUFOみたいなものになるということだ。ずっと昔の新左翼の論客とか、昔の現代思想紹介人たちの文章によく、ヨーロッパで流行っているという○▽主義的傾向や×□学説をひきあいに出したあげく、そのあまりだれもしらないような○▽や×□を「これは△×的見地からけしからん」と批判するようなのがあって、なかなかに滑稽だったが、ここでやっているのはあれに近い空回りなんだろうな、と思うと困った。

この時代にあっても、異なる国の政治情勢についての情報の風通しというのは、それほどよくはないなという感じがますますする。そんなところで、自分の小さな窓にこだわって、独善的になるのもいやだが、かといって別のそう広くもない窓口からはいってくる○▽だけでも、おい、これでいいのかと思うと、ムズムズしてしまうから、ますます困った。自分にかかわりのない組識のごたごたに口を出すつもりはないが、たとえば、社会党や緑がEU憲法条約批准についてウィ vs ノンで割れたいう情報を人が知るのと同じ資格で、反グローバリズムを代表する組識の中でも、ウィ vs ノンの重大な対立はあるということを知るのは、この問題の奥深さを知るために−−反グローバリズムに共感する人たちにとっても−−無駄ではあるまい。組識に属する者はいろいろしがらみがあるだろうし、こんな余計なことを書く人は困ったものだ思うかもしれないが、そうでない人間がそれにつきあう必要はない。

■キーワードつながりからid:toxandoria さんの、仏・蘭で「EU憲法」否決の教訓 を読みにいく。多岐にわたる分析で示唆に富み、いろいろと考えさせられた。

ただ論旨とは関係なく、著者に責任のない部分で、ちょっとだけ困ったと思うことがあった。id:toxandoria さんの文章の冒頭で、批准案の否決の背景に関して、「「ル・モンド・ディプロマティーク編集部」は、左翼が迷走して分裂した結果だとの分析を行っています」としている。

しかしながら、問題は、この『ル・モンドディプロマティーク』の編集員であるAnne-Cecile Robertによって書かれたこの論文は、政治学的にいくらかでも客観的であろうとする分析というより、左翼の中でも批准案の否決を是とするはっきりした立場で、否決を是としない左翼を「迷走している」として批判−−むしろ攻撃というべきか−−するものであり、批准賛成・反対の論争が激化している5月の段階で、政治的な効果を狙った文書であることだ。私自身がこの論文について5月26日の記事で触れたときに、ル・モンド・ディプロマティークの関連記事全体に目を通していなかったので、直感的な印象から「左翼と欧州構想とのかかわりを歴史的パースペクティヴの下に置きながら分析し、批准否定派の理論的支柱となる記事」という遠慮がちな紹介になったが、論者の他の文章、全体のコンテキストに置いて評価すれば、むしろ今しがた書いたような形容があてはまる。「分析」ということばを用いうるすれば、批判すべき対象−−批准賛成派の左翼−−の行動を腑分けしてみせるという意味での分析でだ。

このEU憲法条約批准の是非をめぐるフランスの言論界は今や魑魅魍魎としていて、「そこで言われていること」についての読みは、「だれがどこでだれに向けて言っているか」ということについての鋭敏なアンテナと見取り図なしには、極めてやっかいなエクササイズになってしまっている。もちろんそうしたことを承知の上で自分の好きな論者や、自分の考えに近い分析を選んでいったり、著者の論点を自分の持つデータや視点に照らし合わせて適当にあしらうことができればかまわないが、言語のバリアのために選択肢が少ない状況では、それがなかなか自明でないこともあり得る(id:toxandoriaさんの今のばあいは、上記の記事とは関係なくまさに「より自由な観点から」自分の考えを展開するとしているので、何も問題はないわけだが)。

私がこの問題については特に、最初から、そしてことあるごとに、自分の属する陣営を明らかにしているのは、私の紹介する情報が持ちうるバイアスについて最初から承知してほしいためである。しかしある著者の属する陣営が、フランス人にとっては明らか過ぎるほどに明らかでも、日本の読者にとって暗黙的にしか示されていないこともあり、やはりそれは困ったことといえる。

Attac France がもともとル・モンド・ディプロマティークに掲載された呼びかけから生まれたというのは、同紙の日本語サイトにも書いてあることで、その役員代表(Directeur Général)で編集員でもあるBernard CassenがAttac France の初代かつ前代表者(Président) で現在は名誉会長(Président d'honneur)という事実から端的に示されているようなAttac France とル・モンド・ディプロマティークとの密接な関係もフランスのメディア界では常識に属する。

この関係は、同紙に一定の政治的カラーを与えていたにせよ、そのことにある程度注意して読みさえすれば、そこで発表される国際政治関係の記事、分析には啓発的で優れたものも少なくなかった。ただ今回のEU憲法批准国民投票という仏国内の問題についてやっかいなのは、Attac Franceが批准否定運動に最も先鋭な組識の一つで、その運動と、ル・モンド・ディプロマティークで発表される記事が連動していることである。

Bernard Cassen 自身が展開する先鋭的な批准否定論も同紙を舞台に発表されているし、上記論文の執筆者−−Attac FranceのConeil scientifique のメンバー−−も同紙の同じ号の別の場所ではより直接的にノンを主張する文章を書いている。もっとも、同紙同号に別の編集員が書いている論文*1を読めば、ル・モンド・ディプロマティークのほうからすればこの問題に対し偏向しているのは世論をウィに誘導しようとするリベラシオンやクーリエ・アンテルナショナル(これもル・モンドの子会社)、そしてはたまた自分の親会社のル・モンド本紙−−さすがに上記論文でも本紙の編集部に対する攻撃だけは上手に避けている−−ということになるが。どちらを偏向していると考えるにせよ、とにかくこの問題に対する言論は、もちろんどんな言論だってそうだが、この場合特に、あらゆる「偏向」をまぬかれていないというのを意識すべきだろう。

ル・モンド・ディプロマティークはいっしょうけんめい訳したり、フランス語で読んだりしている人たちがいるらしいので、上のような事情にまつわる危惧をいだきつつ、今まで云々するのを控えていたが、EU憲法条約に関するかぎりにおいては、やはり書かないわけにはいかない。どんな媒体も読み方しだい。ただし私の意見では、もしフランス語の勉強と世界情勢を知ることを兼ねる目的だったら、1パラグラフで辞書を何度もひかなければいけないようなフランス語レベルなら、政治的概念のしこたまつまった1ページを1時間もかけて読むより、同じル・モンド系の月間紙でも、クーリエ・アンテルナショナル Courrier Internationalの記事をはじからいくつも読んでいったほうがいいように思う。お説よりまず基本的事実というのが私の考えだが、もちろん好みや、目的にもよる。

■あらゆる「偏向」をまぬかれていないものとして、私が欧州憲法条約やそれをめぐる世論についてこれまで書いてきたことなども、もしフランス語で書いていれば、あっというまにコメント欄で十字砲火を浴びるだろうし、もしかしたら援護射撃も期待でき、場外乱闘なんかもあるはずだ。そして、それらがすべて日本語で読めればほんとうは、もっと面白いはずだ。残念ながらはてなのフランス床屋政談派の層はそこまで厚くなかった。

この問題で、自分自身の偏向を意識するとき、id:temjinus さんがパリにいていやおうなしにこのテーマにまきこまれ、こちらのやや党派的でポリティカリー・コレクトに陥りやすい傾向をからかうように、別の見方でニュースを選んだりしてくれていたら、もっと別の展開があって面白かったろうなとつくづく思う。あるいは E.Todd でもひきあいにだしながら、ちまちました党派的な賛成反対を越えた、大風呂敷の話をしていたかもしれない(そういえばこの問題についてのToddの話はリベに)。もっとも今でも、別大陸のスケールの話を楽しませてもらっているわけだが。あるいは、こんな辛気臭い話ではなく、「イレーヌのお××こ」のほうの話にさそわれ盛りあがるという楽しみもありか。このあたりでだんだん困らなくなってきた。

■もう一つの「困った話」、ウラとオモテのメランジュについて、思うところを書こうと思ったのだが、この辺でエネルギーが尽きてきたので、また改めて。そしてフランスブログ事情も。

*1:日本語のサイトで与えられたタイトルの訳は「欧州憲法案をめぐるメディアの偏向報道