フランスの中学卒業免状歴史試験問題例−−解答編

上の問題「日本−−世界的大国とその限界」で、問題集についている解答

問題1 日本はその貿易額の大きさにより世界的大国であり、貿易収支が黒字であるだけになおさらのことである。また、そのアニメやマンガなどを世界に受け入れさせている点で文化大国でもある。また、工業大国であり、それは特に科学・技術の分野に基礎を置いている(特許の輸出は10年間で3倍になった)。

問題2 アジア、特にNIES、中国が日本の最も重要な貿易パートナーである。この地域は日本の文化プロダクツ(ビデオゲーム、マンガ、音楽、アニメ)などの最大マーケットでもある。

問題3 貿易収支は黒字ではあるが、日本はエネルギーと農業生産物において輸入依存が極めて高い(輸入先は中国、オーストラリア、中東など)。また、日本は1990年初頭に始った財政危機から脱しかねており、これは失業率の高さと企業倒産の増加に現われている。

資料を正しく読んでいないところもあるが、まあこんなものか。この手の問題では、資料についての設問が、小論文を書くための手助けのようになっている。さて、小論文の解答例は、

日本は今日世界第2位の工業国であり、世界貿易の中心極の一つであるが、過去10年大きな経済危機にみまわれており、そのため「日本モデル」に疑問がもたれている。

日本は、アメリカ、EUとともに世界経済の三極をなしている。その巨大な経済力は、技術革新を要求する付加価値の高い工業分野に負っている(研究部門への支出が大きい)。例えば、電子製品(コピー機、ビデオ)、自動車、オートバイ、造船などで、これらのいずれもの分野で日本は世界で1位ないし2位の地位を占めている。日本はまた、アメリカよりも高能率の生産方式を採用している(「フォーディスム」よりさらに能率のいい「トヨティズム」)。この工業力は特に輸出へと向かい、食料やエネルギーの輸入が大きいにもかかわらず、長年大きな貿易黒字を維持している。こうした理由で、日本は世界でも重要な投資市場であり、銀行と証券市場はやはり世界的な規模である。また世界3位の投資国である日本は、アメリカ、東南アジア、そして最近ではヨーロッパにその資金を投資している。日本はまた、そのマンガ、ビデオゲーム、アニメなどで、輸出可能なマスカルチャーをも発展させるようになった。これらは、しばしば西洋化している。

一方、日本は過去10年、深刻な経済危機にあり、そのことで「日本的経済モデル」のぜい弱さが露呈している。生産高と利益高が低下。失業の現象が、失業を恥とみなすこの社会に定着し、社会全体が危機にある。輸出依存の大きさは恒常的な危険材料である。通貨の円はドル、ユーロに対ししだいに低下し、東京の証券市場は沈下した。国の借金はGDPの130パーセントに達している。人口の老化は国内需要にブレーキをかける。主要貿易相手国であるNIESと中国はまた手強い競争相手でもある。また、国際政治舞台では、1945年以来アメリカの外交的、軍事的支配に置かれているので、その役割は極めて小さく限られている。今日、経済分野においても政治分野においても、太平洋地域で台頭しつつあるパワーは中国であるように思われる。

日本は、工業、貿易分野での力にもかかわらず、経済危機そしてNIESや中国との競争の影響によって、今日力を弱めているように思われる。


後から付加えている経済危機の要素の列挙や、内需と輸出の関係の評価に予断があったり、80年代の日本観が入り込んでいて、文化的クリシェが目立ち模範解答としてはあまりいいできではないように思えるが、それにしても、この解答を要求されているのが中学生3年生で、ある年のある地域の受験者全員というのは頭に入れておく必要がある。日本の高校入試問題でフランスあるいはEUの経済状況について類似問題が出るかどうか(有名私立進学高ではあり?)。

実は日本が主題になるようなこうした問題は、歴史の試験の中でも、フランスの歴史教育の中のあまり褒められない特徴がいちばんでる。教育要綱の中の「[現代世界の中で]役割を演じる者(acteurs)、争点となっている価値や利害(enjeux)、それらのベクトル(lignes de force)が何かを知らなければならない」というくだりを紹介したが、この発想と、歴史と地理が一体化している事実があいまって、ジオポリティーク的観点、経済・政治・軍事パワーの間の戦略的観点が強調されるすぎる嫌いがしばしばある。こうなってくると、「普遍的価値の実現をめざした世界観」ではなく、せいぜいが「多極時代の中の強いEUの市民がもつべき世界観」みたいなものになってくる。逆に言うと、日本の歴史教育には、現代史に対する戦略的視点、それも主体的観点からのそれが不在−−むしろタブーに近い−−ということも言えるのではないだろうか。

この手の問題も大学入学資格試験級になると、それでもかなり深い分析を要求するものがあって面白いが、中学卒業クラスでは単純な図式になりすぎていて、こういうように当事国の人間からみると、ちょっとということになる。

もっとも、予断に満ちた単純な図式から、良くも悪しくも、正しくとも間違っていても、自分の国がミニマルな常識の中でどう見られているかというのがわかる。軍事、外交的役割についての指摘や中国の台頭云々について日本の読者の皆様、どう思いますか。小論文の模範解答の指針の中に、「資料は触れていないが、日本の政治的役割−−むしろ政治的役割の不在−−について触れるべきである」とわざわざ断っているのも、意地悪だが、やはり常識的な見方に添ったものなのだろう。

この問題は2004年6月の出題だが、2003年12月の新聞記事が資料に使われている。フランスの歴史教育や歴史の試験はすべて現代史に収斂していると上で説明したが、まさに同時代史の問題である。こうした問題に対処するためには新聞を読んだり、ニュースを見るのがいいということになってくる。ル・モンドは、ウェッブ・サイトに「Examen 2005」というページを用意しているが、ここには、これまでの自社記事の中から試験に役立ちそうなものを、いろいろなテーマで特集したものが並んでいる。各種の公務員試験や政治経済法律系のグランゼコールの試験には必須だが、大学入学資格試験クラスのもののためにも読んでおいて損はないということだろう。