自殺テロの歴史的ルーツ

ところで、現在の中東の自爆テロの直接の起源は1972年のテルアビブ空港事件とよく指摘され、それがためかフランスやイタリアでは、普通にニュースなどでも kamikaze の名で呼ばれる。どのくらいはっきりといえることなのだろうか。ざっと検索したが日本では立花隆の論考があるらしい。未読なのでどのくらい詳しいか分からないが、もろにこのテーマで特化して書かれた本はドイツ語で出ている

Joseph Croitoru, Der Märtyrer als Waffe : Die historischen Wurzeln des Selbstmordattentats, Carl Hanser Verlag, München, 2003, ISBN 3-446-20371-0

直訳すれば、『武器としての殉教者 自殺テロの歴史的ルーツ』となろうか。
かなり長い抜粋が、オリジナルのドイツ語版だけでなく、英訳でも読める。英語での出版はされていず、抜粋の英訳はたぶん、英語版の出版の機会をもとめてなされたもの。以下の感想はこの抜粋を読んで。

現在の kamikaze テロを、日本の「神風特攻隊」に結び付けられることに、アレルギーを示す人は多いだろうが、終戦直前にナチがそれを輸入したドイツの特攻隊(Selbstopfer)についての話などは興味深い。また、日本の特攻隊の思想が、朝鮮戦争へと受け継がれ、さらには北朝鮮の軍事テロ専門家と日本赤軍によって中東にたどり着いたとする筋書きは、いろいろな意味で、そして実証的にもつっこみどころ満載というところだろう。そして、現在の中東の自爆テロの起源は1972年5月30日すなわちテルアビブ空港襲撃事件にあると断言する。これについては、パレスチナや近隣諸国でのこの事件の受容や影響について述べながら論証しようとしている。

著者はイスラエル人で、その出自からくるかもしれないバイアスについては、私は何とも判断できないが、Frankfurter Allgemeine Zeitung の定期的寄稿者ということからすれば、陰謀論トンデモ本というわけではないだろう。「自爆テロにおいては実行犯もまた犠牲者」という健全な良識に立脚しており、代表的な新聞の書評も概して好意的である。

またアメリカで書かれた別の著作(William R. Farrell, Blood and Rage: The Story of the Japanese Red Army)を引きながら、重信という人物の家族環境を通して戦前日本の右翼のテロの思想が受け継がれているとか、9.11以前、1970年代にすでに、「日本赤軍」(歴史的な正式呼称にかかわらずそう総称しておく)が、霞ヶ関ビルペンタゴンの同時爆破攻撃の発想を持っていたなどの指摘がなされているが、このあたりはむしろ日本人がきちんと実証的に検証し、おさえておくべきだろう。こんなふうにとりざたされているからには、一種の説明責任もあるというべきか。その前に、逆輸入だがこうした著作を、翻訳なり紹介し、検証したり批判したりするのが先かもしれない。

ネットで調べてわかったのは、日本赤軍を含めた極左過激派の活動にについては、関係者・支援者がネットで発表している文章(彼らはこの事件を「レッダ闘争」と呼ぶので、この語でだいたい検索できる)と、公安関係の情報の両極に別れていて、両者に距離を置きながら実証的に書かれたものがなかなかに見出しがたいということだ(論文や単行本の類はそこそこあるかもしれないが)。事実関係でけでなく思想史的にも、左翼運動内部のスコラ論争的な総括や批判を離れて、もう少し大きな枠組みの中での根本的な批判が必要ではないかと思う。それは現在のわれわれにとっても益することが多いはずだ。個人的には、テルアビブ空港事件の実行犯の3人の偽造パスポートの生年月日が、一つは1970年のハイジャックの日付を記念するものだったというのを別として、残り二つが−−私には確かめるすべはないが−−2月26日と12月8日だったという指摘にドキリとした。