結婚は宝くじ

結婚は賭けでどうした、という話で、出典がどうとかいう話が一部巷を賑わせてるようだが、このことばで普通思い浮かぶフランス語の言い回しは、

Le mariage est une loterie. 結婚は宝くじ。

いいだしっぺが同定されているかどうか、手元の引用句辞典を引いてみると、この言い回し単体ではなく、次のようなものがあった。

Le mariage est une loterie. On a longtemps cru que c'était un sacrement. Depuis le divorce, nous savons que c'est une loterie, heureusement renouvelable. (Léon Bloy, Exégèse des lieux communs)
結婚は宝くじ。長い間秘跡だと信じられてきたが、離婚というものができるようになって以来、宝くじだということを皆知っている。幸にも買い直すこともできる。(レオン・ブロワ『決まり文句への注解』)

ブロワのExégèse des lieux communs は1902年出版。「不幸にも」でなくて「幸にも」となっている精神が実は私には分からない。この本についてはまたあとで触れる。

ネットで調べると、 「Le mariage est une loterie.結婚は宝くじ」という文句の単体を、ベン・ジョンソン(1572-1637)に帰しているのもああるが、英語で検索しても確たることはわからない。いずれにしても最初にあげた出典が示すように、フランスでは一種のことわざのようになっている。

この「結婚は宝くじ」をさかなにして、いろいろな人が、後ろに文句を加えている。

結婚は宝くじだと言われているが、それは間違っている。宝くじというものはときどき当たることもあるではないか。
On dit souvent que le mariage est une loterie... Ce n'est pas vrai, parce qu'à la loterie, on peut gagner parfois!

フランスのサイトで多く、バーナード・ショーに帰されているが、これも英語のページで確認できない。

他にも、

結婚は宝くじ。当たり番号は独身。
Le mariage est une loterie dont les numéros gagnants sont les célibataires.

また、

結婚は宝くじ。しかし外れても、券を破り捨てることができない。
Marriage is a lottery, but you can't tear up your ticket if you lose

最後のものは英語がオリジナルと確認できるもので、F.M. Knowles という人のことばとされているが、どういう人かよく分からない。

あと

結婚はもはや宝くじではない。 Le mariage n'est plus une loterie.

というのは、宣伝コピーとして著作権保護されているの保護申請があったがひねり前のものが人口に膾炙しているとうことで申請が斥けられたという(1963)。結婚相談所のものなのだろうか。

他にもバリエーションはいろいろありそうだが、日本語でなにかの訳とされている「結婚は賭け」のでもとがこれだとしたら、その「賭け」は、たいそうな決意とともにのるかそるかで挑む pari や、偶然の戯れに身をまかせる jeux ではなく、淡い期待とともに小金を払って買う loterie (ロト・宝くじ)ということになる。

レオン・ブロワ『決まり文句への注解』

上の "le mariage est une loterie, On a longtemps cru que ..."が収められているという Léon Bloy (1846-1917), Exégèse des lieux communs. は、フランス国立図書館のGallicaのアーカイヴズで読める

http://gallica.bnf.fr/document?O=N108119

ので、PDFでダウンロードしてパラパラ(?)目を通してみる。フロベールの Dictionnaire des idées reçues の伝統につらなるようなものと考えていい。世の中で流通するいくつかの決まり文句を繰り返すだけで頭を少しも使おうとしない「ブルジョワ氏」を揶揄するためにまとめられたというようなことで、「時は金なり」「沈黙は金」などおなじみのことわざを初め、当時のフランスで流行っていた表現など139の決まり文句をとりあげて、辛辣な注解を加えている。読んでいて、どちらかというとアドルノの『ミニマ・モラリア』を思い出した。

ところで困ったことに問題の"le mariage est une loterie, On a longtemps cru que ..."が見つからない。139の章見出しにもないし、関係ありそうな章も見たが、見当たらない。かといって全部読む時間もないのでいいかげんなところでギブアップ。拾い読みしているうちにいつか見つかるかも知れないが。文字情報化したPDFファイルでなく画像スキャンだと、こういうときに検索できないので不便だ。

実は「On a longtemps cru que c'était un sacrement. Depuis le divorce, nous savons que c'est une loterie 長い間秘跡だと信じられてきたが、離婚というものができるようになって以来、宝くじだということを皆知っている。」というくだりの訳はちょっと困った。最初は「離婚してみれれば宝くじだということがわかる」というような趣旨かと思って、その線で訳してみたが、ちょっとひっかかたので調べてみると、フランスで1816年に廃止された離婚の権利が、極めて厳しい制限つきで復活したのが1884年、そして条件が緩和され猶予期間をおけばかなり自由に離婚できるようになったのが1908年。どうもそうした文脈に置かれたことばらしい。が、なにしろ、出典と名指された本で同定できていないのでこれ以上議論の進めようがない。