政治的運動か虚無的反抗か(1/2)

Pierre ROSANVALLON −− 3段階の理解のレベルを区別しなければならない。まず、事件の具体的側面(反抗・暴力の現実的展開)、バンリュウの一般的社会状況、そして今フランスを覆っている危機的不安感だ。事件自身は低年齢層の若者たちの行動、極めて暴力的で、それ自身に意味づけを持たない行動に結びついている。しかしながら、現在の運動を形容するのにニヒリズムということばが適切かどうかは疑問だ。この運動は明らかにことばの不在によって性格づけられており、語るべきことばを見つけられない人々の社会層に発している。1968年の五月革命と逆に暴力が発言を代用する。歌やラップを別にすれば言語で語ることは見られない。バンリュウの世界全体が語るべきことばを持たす、語ろうとするものは暴力という方法を用いる。住民たちの社会的沈黙は、ひいては、フランス社会自体に広がる、自らを理解させ自らを語ることことへの困難感に結びついている。そうしてわれわれは、幾重にも入れ子になった沈黙を前にすることになる。つまり、政治前的沈黙(17歳の若者たちにどうやって政治的意識が求められようか)、彼らの社会層の社会的沈黙、フランス社会全体の社会的沈黙だ。EU憲法国民投票へのノンのようなわれわれがこれまで経験した諸々の大きな出来事は、これも、沈黙が何かを表現しようとしてそれぞれに引き受ける形だ。こうした出来事は、発言行為ではなく、相手に語り自分を語ることの困難な状態へさらに落ち込むこと、そこから抜け出せなくなることだ。フランスを覆う危機的不安感は、そうした意味でいうと、空虚の表現、未来へと積極的に向かっていくことの困難さ、明確な地平線の不在だ。

Jean-Pierre LE GOFF −− 問題になっている事がらを正確に限定すべきだ。バンリュウの騒動は「運動」ではなく、住民大分部の生活を反映しているものではない。一部少数の若者グループらの反抗は、少なくとも、政治前の段階のものだ。たとえそこから政治的な反響があるにせよ。バンリュウの住民たちは一つの問いを発しており、われわれもそれにきちんと向きあわなければいけない。つまりこれらの若者たちは一体なにを考えているのか、ということだ。この現実に正面からぶつかるためには、視点を正しいほうに移動さなければいけない。つまり、本能的欲動にしっくりとはまる言語表現を見出すことの非常な困難、欲動をを行為にうつしてしまうことがそこに見られる。私の考えでは、このうち続く暴力の中で、われわれが直面しているのは、野蛮な破壊行為であり、これは社会・政治運動家がいだいているシェーマを揺るがすものだ。この破壊行為が極端かつ暴力的な形で凝縮しているのは、失業の問題、そして脱縁、つまり家族構造の空洞化−−「片親家庭」などと婉曲に呼ばれているわけだが−−の問題、そしてさらには、階級的帰属、国民国家への帰属の解体の問題だ。1930年代には、貧乏で失業状態にあっても、人は種々の集団の中にその場所を持ち、その反抗心をうまく制御することができた。学校や自分の住む地域を破壊し、バス、隣人の自動車を破壊する若者たちの徒党のばあい、もはやそれはあてはまらない。こうした現象が可能になった条件について問題をたてる以前に、まず、現実を見つめなければならない。もう長年現場で働いているソシャルワーカーたちと同じように。そして左翼が、現実の否定、そしておめでたい寛容第一主義と手を切るべき時がきている。

Emmanuel TODD −− フランスは、他の発達した社会の大部分と同じように、不平等の拡大、しかも客観的経済データの示すところを越えて進んでいる不平等の拡大を体験している。社会は今、新しい形の個人主義と結びついた不平等な新しい社会的価値体系の台頭の力にひねり苦しめられている 。フランスのような国では、アメリカではうまく通るようなことが、平等主義的要素を大きく含む人類学的基底と衝突する。この平等主義的価値が、不平等主義的価値の台頭と、反発的反応を起こす。この二つの価値の混在の場となる様々な社会的集団が次々と出てきて反応していくさまは、そのことによって説明できる。今日、われわれの目の前に現れたのは、バンリュウの若者たちで、その平均年齢は17歳だ。彼らは、全盛時代の共産党の熟練労働者よりも、1970年代の高校生たちに似ていると見るべきだ。平等主義的な価値感がそこにははっきりと表れている。私はヨーロッパおよびアメリカへの移民の状況についての比較研究をしたことがある。そこから分かったのは、フランスの状況はたいへん独特で、マグレブあるいはアフリカ出身の家族がフランス的価値体系への同化によって構造崩壊を起こすのと、混合婚が高率だという現象の両者が見られる。バンリュウの炎上は、私から見ると、平等を求める抗議行為だ。この点から見て、これらの若者たちは、政治的価値観においては、完璧に同化している。そして歴史の教えるところでは、希望を伴わない反抗はない。

Eric MAURIN −− 17歳で学業を終えた若者たちの社会的意識をよく見てみなければならない。暴力行為に参加したものも参加しなかったものも含めて。彼らは皆共通して、極めて困難な、そして傷痕の残るような体験をしている。集団からの排除の体験に続き、中学で学業の失敗を体験する。1968年の五月革命は、中産階級の師弟に対し真の大学教育が閉ざされているという事実に刃向かって、中産階級の落ちこぼれが反抗したことからはじまった。今日、状況はまったく別だ。つまり、民衆階級の子供たちが中学、高校の学業で経験する大きな困難が問題なのだ。この困難は、一部には、貧困家庭の子供たちの極めて不安定な住環境、生活環境からやってくる。これは教育省だけで解決できる問題ではない。住居の部屋不足の問題は、こうした子供たちの4人に1人近くが蒙り、思春期に達してからの落ちこぼれの最大の原因となているが、それをこれまでの住宅政策は改善しなかった。都市政策もまた、居住圏の隔離現象を改善しなかった。貧困な家庭の子供たちは、今日、貧困率が他の場所より4倍高い地域に住んでいる。落ちこぼれの仲間たちに囲まれて大きくなりながら、それなのに学校に対しなんであれポジティヴな態度をとるというのは、おそろしく困難な話だ。


以上、4人の論者がそれぞれしゃべり終ったところまで。「政治的運動か虚無的反抗か?」は次のエントリーにも続く。