オブナ&フセイン解放報道トリビア(ときにシリアス)

昨日の記事では急いでいたので、リベラシオン速報の訳も背景のまとめもしなかったが、てっとり早いあらましは、asahi.com

イラクで拉致、仏人女性記者 5カ月ぶりに解放
2005年06月12日18時22分
フランス外務省報道官は12日午前、イラクで今年1月から武装勢力に拉致されていた仏紙リベラシオンの女性記者フロランス・オブナさん(44)とイラク人の通訳が解放され、オブナさんは帰国の途についていることを発表した。

この記事をさかなにちょっとトリビアルな話。

このニュース、ル・モンドが臨時ニュースを発したのが、速報をメールをみると12日11時24分で日本時間で18時28分。リベラシオンの臨時ニュースは昨日の記事に引用したが記事の時刻は11時25分。この手の臨時ニュース、気づいたタイミングがよく1時間くらいの間にはてなに訳をアップできたときには、自慢げにタイムスタンプをつけるようにしているが、1時間くらいのずれならこれまで日本の新聞やネットニュースに遅れをとったことがない。日本のマスコミにアップにされるのが数時間遅れというのはざらにある。この記事、受け取ったタイミングが悪く、はてなにアップしたのはもとの記事より1時間ちょっと遅れてからだが、そのあとasahi.comを見に行き、驚いたのは、タイムスタンプがフランス時間で11時22分。ル・モンド(←AFP)よりもリベよりも数分早い。こんなことはこれまでなかった。フランスでの第一報がいつだろうかと、支援ブログ florencehussein.skyblog.comのコメント欄を見に行くと、10時39分に最初の書き込みがある。テレビのテロップで流したらしい。その前にもなんらかの非公式情報が流れていたかもしれないが、ともかくasahi.comのこの記事は速報という意味ではル・モンドも脱帽。が。

上の記事を読んだときに、ル・モンドリベラシオンのいつも読んでいる記事といくかの点でスタイルが違うところで、すこし直感的に違和感があった。ひとつは、「女性記者」という、見出しと本文で繰り返される表現。もう一つは、「オブナさん(44)」の44。もうひとつは、イラク人通訳が本文では名無氏で、AFPの写真のキャプションでようやく確認できるという点。

フランス語では名詞の性や冠詞で「女性ジャーナリスト」よいう表現にはなり、またはファーストネームや代名詞で「女性」というのは明らかだが、日本語で、果たしてわざわざ見出しでも「女性記者」という語を使う必要があるのか。マルブリュノ、シェノの二人の記者のとき「仏男性記者」という表現は見なかったと思う。

フロランス・オブナ氏が44歳というのは、このasahi.comの記事を見て、正確にはそうなんだと思った。もちろんフランス語の記事で年齢44歳というのが出てくるのも少なくないが、人物ポートレートという文脈で出てきて、こういう形で、しょっぱなから機械的に年齢をつけるスタイルではない。ル・モンドもリベも年齢については普段表記していない。事件の性質や対象になる人物の人となりを理解したり同定したりするために有意味でない限り年齢は優先的、機械的に付すべき情報ではないというのは、一つの見識だと思う。

イラク人の通訳の名は、フセイン・ハヌン。両者を同じ重みで扱うもっともコレクトな記事は、ね式ブログ「帰ってきた、フロランスとフセイン」。「現地採用」の人がいっしょに誘拐されたとき、同格に扱う、あるいは少なくともちゃんと名前も生活もある一人の人格として扱うという習慣は、実は、前のマルブリュノ、シェノ両記者の誘拐事件の途中で確立されたように思う。このときシリア人の運転手もいっしょに誘拐されていた。そしてその扱いについて、事件から4日めの状況を記したこのブログの文章(2004年9月1日)で、「TVのニュースが「2人のジャーナリスト」ではなく「2人のジャーナリストとシリア人の運転手」と必ず言うようになった。」と、メモしてある。が、このブログでも、今回のasahi.comのようにしばらく「シリア人の運転手」で通していて、 ハメド・アル・ジュンディ氏という名を記したのは、11月13日の記事になってからである。

こうした過程があって、オブナ氏の誘拐のときには、最初からフランスのマスコミ報道も支援も「オブナ氏とハヌン氏」あるいは「フロランスとフセイン」だった。仏メディアをニュースソースとするブログ界隈はこのフランスの報道ポリシーを踏襲して「フロランスとフセイン」二人の人間の事件として扱っているが−−この記事を執筆中に待望の media@francophone の記事がやはり「フロランスとフセイン、解放される」のタイトルでアップされた−−、日本のマスコミの記事では、必ずしも自明ではないということがわかる。

Aubenasという綴りの姓は、慣用により「オブナ」とも「オブナス」とも読める。日本語のニュースでは産経新聞で「オブナス」になっている。フランスの報道でも両者が混在していて、たとえばラファラン首相は「オブナス」と発音していたが、Aubenas氏自身がインタビューで自分の名前を「オブナ」と発音している以上、「オブナ」を尊重するのが筋だろう。

欧州憲法条約トリビア。第448条−−正本は21言語、管理はイタリア

もはやこのままの形では幻となった、初の欧州憲法条約、なんだかんだネタにしながら全部読んでいないというのも、あんまりなので、ちょこちょこ読みながらなんとか憲法本体の部分第3部の最後まで行き着く(これまでの条約を集めた第4部はパス)。最後まで行き着いたところで、あまり剣呑でない、トリビアのネタにぶつかる。

この全448条のテキスト、「リベラリムズの行き過ぎ」という色眼鏡とフランス的な発想で読めば、確かに、どこにでもつっこみどろこがある。政治的および複文化的なな妥協の産物なのだから当然といえば当然だ。この手のテキストを読みコメントするのが好きなフランス人にとっては、レファレンダムにまつわる今年前半の大論争は、ある意味で最高のエンターテインメントだったに違いない。

このテキストとそれをめぐる議論、特にフランスでのそれは、政治的な立場の違いに発するものだけでもなく、文化的な違いに発するものもあるように思える。異文化衝突の観察の題材にもなる*1。複数の言語の版が用意されているので、ある概念がそれぞれの言語でどう訳されているか比較して見るだけでも、絶好の言語資料になる。さて、いくつの言語の版があるかというと、これが、最後の条文第448条にある。試訳してみると−−

欧州憲法条約第448条

1。 本条約は唯一の原本にアイルランド語、イタリア語、英語、エストニア語、オランド語、ギリシア語、スウェーデン語、スペイン語、スロヴァキア語、スロヴェニア語、チェコ語デンマーク語、ドイツ語、ハンガリー語フィンランド語、フランス語、ポーランド語、ポルトガル語、マルタ語、ラトヴィア語、リトアニア語で記され、いずれの言語で記載されたものも等しく正しい効力を持つ。原本は、イタリア共和国公文書館に保存され、イタリア政府は、原本に相違ない旨認証された写しを、各調印国に配布する。


全21言語−−25か国の主要公用語−−で書かれ、そのすべてが正式バージョン。物理的形態としては一冊なっていることになる。保管、コピー係がイタリアというのが面白い。歴史的に公文書の保管、作成に長けているという評判が認めれているのだろう。確認していないがEUで交わされる昔からの習慣なのかも。

公用語が同じ資格で複数あったり、地域語が準公用語のようになっている国もある。たとえばベルギーのフラマン語が前者の例だし、スペインのカタルーニャ語が後者の例だ。こういう言語の版はどうなっているかというと。第448条の第2項(最後の最後の条文)に次のようにある。

2. 本条約は、加盟国の憲法既定においてその全領土内あるいは領土の一部で公用語の地位を有する他の言語に、加盟国の決定に基づいて、翻訳することができる。その場合、加盟国は、その翻訳の、原本に相違ない旨認証された写しを理事会の文書館に提出する。

これらの言語の版は扱いが一段下になるが、やはり作成、届け出にきちんとした手続きがあることになる。

参考のため、以下に448条のフランス語版と英語版。

フランス語版

http://europa.eu.int/constitution/fr/ptoc95_fr.htm

Article IV-448
Textes authentiques et traductions

1. Le présent traité rédigé en un exemplaire unique, en langues allemande, anglaise, danoise, espagnole, estonienne, française, finnoise, grecque, hongroise, irlandaise, italienne, lettonne, lituanienne, maltaise, néerlandaise, polonaise, portugaise, slovaque, slovène, suédoise et tchèque, les textes établis dans chacune de ces langues faisant également foi, sera déposé dans les archives du gouvernement de la République italienne, qui remettra une copie certifiée conforme à chacun des gouvernements des autres États signataires.

2. Le présent traité peut aussi être traduit dans toute autre langue déterminée par les États membres parmi celles qui, en vertu de l'ordre constitutionnel de ces États membres, jouissent du statut de langue officielle sur tout ou partie de leur territoire. L'État membre concerné fournit une copie certifiée de ces traductions, qui sera versée aux archives du Conseil.

英語版
http://europa.eu.int/constitution/en/ptoc95_en.htm

Article IV-448
Authentic texts and translations

1. This Treaty, drawn up in a single original in the Czech, Danish, Dutch, English, Estonian, Finnish, French, German, Greek, Hungarian, Irish, Italian, Latvian, Lithuanian, Maltese, Polish, Portuguese, Slovak, Slovenian, Spanish and Swedish languages, the texts in each of these languages being equally authentic, shall be deposited in the archives of the Government of the Italian Republic, which will transmit a certified copy to each of the governments of the other signatory States.

2. This Treaty may also be translated into any other languages as determined by Member States among those which, in accordance with their constitutional order, enjoy official status in all or part of their territory. A certified copy of such translations shall be provided by the Member States concerned to be deposited in the archives of the Council.

フランス語版と英語版を比べた人は、21の言語を列挙する順番が違っていることに気がついたと思う。違いは、それぞれの言語名をある言語に訳したときのアルファベット順を採用したことからきている。他の言語の版でも−−21全部確認したわけではないが−−そうなっている。ということで、上の試訳の日本語版もその原則に従った。

*1:cf. 「これは非常にアングロサクソン的な考え方で、英国以外の国では反発を招くところがあった(特にフランス?)」id:hinakiuk:20050602#p1。複数の概念をごっちゃにした「アングロサクソン新自由主義」というフランスでの批判の中には、政治的な問題というよりも単に文化的な違いへの理解の問題に発するものもあった。例は今度。