欧州憲法条約トリビア。第448条−−正本は21言語、管理はイタリア

もはやこのままの形では幻となった、初の欧州憲法条約、なんだかんだネタにしながら全部読んでいないというのも、あんまりなので、ちょこちょこ読みながらなんとか憲法本体の部分第3部の最後まで行き着く(これまでの条約を集めた第4部はパス)。最後まで行き着いたところで、あまり剣呑でない、トリビアのネタにぶつかる。

この全448条のテキスト、「リベラリムズの行き過ぎ」という色眼鏡とフランス的な発想で読めば、確かに、どこにでもつっこみどろこがある。政治的および複文化的なな妥協の産物なのだから当然といえば当然だ。この手のテキストを読みコメントするのが好きなフランス人にとっては、レファレンダムにまつわる今年前半の大論争は、ある意味で最高のエンターテインメントだったに違いない。

このテキストとそれをめぐる議論、特にフランスでのそれは、政治的な立場の違いに発するものだけでもなく、文化的な違いに発するものもあるように思える。異文化衝突の観察の題材にもなる*1。複数の言語の版が用意されているので、ある概念がそれぞれの言語でどう訳されているか比較して見るだけでも、絶好の言語資料になる。さて、いくつの言語の版があるかというと、これが、最後の条文第448条にある。試訳してみると−−

欧州憲法条約第448条

1。 本条約は唯一の原本にアイルランド語、イタリア語、英語、エストニア語、オランド語、ギリシア語、スウェーデン語、スペイン語、スロヴァキア語、スロヴェニア語、チェコ語デンマーク語、ドイツ語、ハンガリー語フィンランド語、フランス語、ポーランド語、ポルトガル語、マルタ語、ラトヴィア語、リトアニア語で記され、いずれの言語で記載されたものも等しく正しい効力を持つ。原本は、イタリア共和国公文書館に保存され、イタリア政府は、原本に相違ない旨認証された写しを、各調印国に配布する。


全21言語−−25か国の主要公用語−−で書かれ、そのすべてが正式バージョン。物理的形態としては一冊なっていることになる。保管、コピー係がイタリアというのが面白い。歴史的に公文書の保管、作成に長けているという評判が認めれているのだろう。確認していないがEUで交わされる昔からの習慣なのかも。

公用語が同じ資格で複数あったり、地域語が準公用語のようになっている国もある。たとえばベルギーのフラマン語が前者の例だし、スペインのカタルーニャ語が後者の例だ。こういう言語の版はどうなっているかというと。第448条の第2項(最後の最後の条文)に次のようにある。

2. 本条約は、加盟国の憲法既定においてその全領土内あるいは領土の一部で公用語の地位を有する他の言語に、加盟国の決定に基づいて、翻訳することができる。その場合、加盟国は、その翻訳の、原本に相違ない旨認証された写しを理事会の文書館に提出する。

これらの言語の版は扱いが一段下になるが、やはり作成、届け出にきちんとした手続きがあることになる。

参考のため、以下に448条のフランス語版と英語版。

フランス語版

http://europa.eu.int/constitution/fr/ptoc95_fr.htm

Article IV-448
Textes authentiques et traductions

1. Le présent traité rédigé en un exemplaire unique, en langues allemande, anglaise, danoise, espagnole, estonienne, française, finnoise, grecque, hongroise, irlandaise, italienne, lettonne, lituanienne, maltaise, néerlandaise, polonaise, portugaise, slovaque, slovène, suédoise et tchèque, les textes établis dans chacune de ces langues faisant également foi, sera déposé dans les archives du gouvernement de la République italienne, qui remettra une copie certifiée conforme à chacun des gouvernements des autres États signataires.

2. Le présent traité peut aussi être traduit dans toute autre langue déterminée par les États membres parmi celles qui, en vertu de l'ordre constitutionnel de ces États membres, jouissent du statut de langue officielle sur tout ou partie de leur territoire. L'État membre concerné fournit une copie certifiée de ces traductions, qui sera versée aux archives du Conseil.

英語版
http://europa.eu.int/constitution/en/ptoc95_en.htm

Article IV-448
Authentic texts and translations

1. This Treaty, drawn up in a single original in the Czech, Danish, Dutch, English, Estonian, Finnish, French, German, Greek, Hungarian, Irish, Italian, Latvian, Lithuanian, Maltese, Polish, Portuguese, Slovak, Slovenian, Spanish and Swedish languages, the texts in each of these languages being equally authentic, shall be deposited in the archives of the Government of the Italian Republic, which will transmit a certified copy to each of the governments of the other signatory States.

2. This Treaty may also be translated into any other languages as determined by Member States among those which, in accordance with their constitutional order, enjoy official status in all or part of their territory. A certified copy of such translations shall be provided by the Member States concerned to be deposited in the archives of the Council.

フランス語版と英語版を比べた人は、21の言語を列挙する順番が違っていることに気がついたと思う。違いは、それぞれの言語名をある言語に訳したときのアルファベット順を採用したことからきている。他の言語の版でも−−21全部確認したわけではないが−−そうなっている。ということで、上の試訳の日本語版もその原則に従った。

*1:cf. 「これは非常にアングロサクソン的な考え方で、英国以外の国では反発を招くところがあった(特にフランス?)」id:hinakiuk:20050602#p1。複数の概念をごっちゃにした「アングロサクソン新自由主義」というフランスでの批判の中には、政治的な問題というよりも単に文化的な違いへの理解の問題に発するものもあった。例は今度。