ある日とつぜん伯爵に

ひさびさにまとめ読みをしたル・モンドの一面の海外こばれ話的な囲み欄で「イギリスの貴族制度よどこへ行く? Mais où va l'aristocratie britannique ?」(ペーパー版7月27日づけ、ネット版26日づけ)と題する、ちょっと面白い記事。

記事は英国の伯位の相続に関し最近三面記事を賑わせた2つの例を最初に紹介する。

  • Nicholas Ashley-Cooper氏(26歳)はシャフツベリー伯を最近思いがけなく継いだ。これは、10代目伯爵である父親が去年の11月に三番めの妻のとその息子にコート・ダジュールで殺された後、その後を継いだばかりの兄もこの5月にニューヨークで(恐らく)コカインのオーバードーズにより死亡したため。彼はそれまでニューヨークにあるハイササエティ向けディスコでDJをしていた。
  • Bill Capel氏、52歳。最近11代めのエセックス侯を継いだ従兄弟が病気で息子がいないため、侯位の次の順当な後継者として注目を浴びる。Capel氏はカリフォルニア生まれでカリフォルニア育ち。スーパーマーケットの元従業員で現在同地で引退生活をしているが、このニュースを地元のラジオで知った。伯位といっしょに貴族院議員の議席を継ぐことにもなるが、そのためにはアメリカ国籍を捨てなければならない*1

アメリカの映画や大衆小説に、会ったこともない遠縁の叔父さんが実は億万長者で、その死によりある日突然莫大な財産がころがりこむというシチュエーションがよくあるが、本人にとってはすでにほとんど異国の貴族院議員の席とはまたまた凄い話だ。

ル・モンドの記事の載せる専門家のコメントによると、これはごく最近の現象というわけでもないらしい。以前にもバッキンガム侯を継いだのが庭師だったことがあるという。なぜこういうことが起きるかというと、爵位の相続権があるのは男子のみなので、男子を探して傍系をたどっていくと、そこにイギリス社会の社会階級の浮き沈みの大きさを象徴するようような事例に出会うことになるというわけ。しかも栄典の相続は長男が一人占めするので、次男以下は新天地を求めてアメリカやカナダ、オーストラリアに移住することがしばしば。その地に落ち着いた家系の中から順当な相続者候補が出ることが起きるようになるという。

日本は1946年の憲法爵位を廃止したが、まだ残っていれば、やはり同じようなことが三面記事を賑わせたかもしれない。今ではせいぜい、「あの隣りのおっさん、あれも世が世なら...らしいけどほんと?」というような私的な会話に話の種を提供するくらいだ。

詳しく調べたことはないが、そんなイギリスで、爵位と違って王位に関しては女子相続権を認めているのは、やはり上のような現象を防ぐためなのだろうか。日本でも、「男の庭師」か「プリンセス」のどちらを頭にいだくかの問題は、こだわる人にとっては究極の選択らしいということを、最近の日本のニュースでタイムリーにも知る*2

君主制にもそれなりの長所はあり、共和制がすべていいとは限らないが、この手の問題から免れているというのは共和制の一つの利点だ。

*1:事実関係を英語メディアの記事で若干補った

*2:id:hinakiuk さんのところにわかりやすい解説。hinakiuk さん、ル・モンド経由のイギリス情報に変なところがあったら教えて。