騒動に参加した「若者」「ごろつき」

昨日はじめたリベラシオンの座談会の記事の翻訳の続きに取り掛かる前に、ル・モンドのネット版をひとわたり見ようと思ったら、一面に、えっ?と驚く見出しがあった。座談会で扱われている問題にもかかわる重要なことなので、ひとまずこちらの紹介を優先することにする。

実は、騒動の途中からいらついていたことがある。「若者」と呼ぶにせよ「ごろつき」と呼ぶにせよ、これに参加している者たちの実体がよくわからない。そしてちゃんと報道されない。バンリュウからのテレビの取材シーンに登場するのが、そうした地域に典型的にみかける移民第2,第3世代の若者の雰囲気を持っているのはわかる。が、そこに写っているのは必ずしも騒動に積極的に参加しているものとは限らない。実際に炎上している事件現場のシーンはまれなので、特定のものだけが繰り返される*1。どちらにしろ火つけの現場の者たちはすっぽりと顔を隠している。そして、逮捕・補導された若者・少年たちががどういう社会階層に属しているかという情報もこれまでほとんど伝わってこなかった。

騒動の参加者たちの実体がよく分からない一方で、理論的分析や政治的解釈だけがかまびすしく議論されている。それぞれがあらかじめ作り上げた解釈に都合よく「若者たち」の像を描いてそれをもとに議論し、政治を語る。病気でいうと初期の分析データが出ないうちに、バクテリアだウィルスだ癌だ遺伝病だという見立ての議論だけが進行し、さらには薬はどれだ、どこを切るだの、いや放射線だというような提案がなされる。

騒動以前にバンリュウ全体の問題はあるので、その認識から、全体的な状況について語ることはできるだろう。しかし、騒動そのものの原因や今後の対策、その政治的意味を語るには、まず実際に誰が参加しているのかという具体的な認識が必要だ。

いうまでもないが、騒動に参加している者の分析は、現場のデータからしか明らにできない。そしてこうしたデータには細心の注意が払われなければならない。

たとえば、多数の車両や公共の建物が破壊されて騒じょうの様子を呈するカルチエで、実行犯がどのくらいの数かも具体的に気になる。一つのカルチエで数人の極めて機動性の高いグループがいるだけで一晩に百台以上の車を燃やすことができるという話を以前きいたことがある。それを認識するのとしないので、そして今回の件についてそれがあてはまるかどうかで、「騒じょう」についてのイメージがずいぶんと変る。

犯人たちの出自についてもそうだ。これまでの経験は、明白と思われたことがそうでない場合もあるということを教えている(が、あまり学習されない)。

たとえば、2002年の大統領選挙前の治安悪化が話題になった際の検証で、フランス東部の都市で年数十台の車が燃える移民の多いカルチエの車両放火犯人が、実は少数の定住ジプシーの少年たちで、一般に想像されているようなマグレブ・アフリカ系の住民とは何の関係がなかったことが分かったこともある。ジプシーの少年一人が2か月に60台燃やした例もあるという。

別に覚えている例では、ある移民問題関連のデモで機動隊との対決に発展し逮捕者が出てさんざん政治的な解釈がされたあと、しばらくたって新聞の三面記事に小さく出た10人ほどの犯人の名前がすべて、地元に古くから住む家系のものだったということがある*2

騒動に参加した若者たちがバンリュウの中でどういう位置を占めるのか、バンリュウの日常的な治安悪化とどう関係しているかの問題は、今回の件では特に重要であるはずだが、これについてもあまりきちんと触れられることなく、二週間以上も抽象的な議論だけが続いた。そして、10日前に重要な情報が流れた。その情報とは、ル・モンドの見出しを引用すれば−−

通常犯罪との関連が明らかに。尋問・拘引された者の80%はすでに前歴あり。
"Le lien avec la criminalité de droit commun est établi : 80 % des interpellés étaient connus"

LE MONDE | 15.11.05 | 14h47

connusとは 「connus de la police 警察に知られている」、つまり「かつてひっぱられ調書などをとられたことがあり警察に記録が残っている」ということだ。警察の段階なので確定した前科歴とは限らず、上の訳はあまり正確ではないが、日本語で通りのよい表現が見つからないので、この断りとともにとりあえず「前歴」としておく。少年に限れば日本語では「補導歴・保護歴あり」という感じか。とにかく、この記事の情報は、平たいことばでいえば、「今度の騒ぎ警察にひっぱられたものの80%はすでに警察のやっかいになったことがある」ということである。そしてこれは内務省管轄の国警のトップによる発表だった。

この情報で私がいだいた印象は、上の「一つのカルチエで数人の極めて機動性の高いグループがいるだけで一晩に百台以上の車を燃やすことができる」という話に照らし合わせて、「ああやっぱり、この件でも、一部の日ごろから犯行慣れした連中が活発に動いているもので、これがいたずらにカルチエ全般の騒じょうのイメージを与えているのだな」というものだった。

そしてこのデータは、サルコジ内務大臣の「くず」発言のもとにある認識とも一致する。つまり、騒動の主体は、住民から遊離した、累犯を重ねる少数の逸脱分子(「くず」)であり、一般の善良な住民はまったく無関係、という認識だ。さらに政治的解釈を進めれば、「この騒動に対し当局が強硬に当たる(参加者をかたはしから捕まえてさっささと牢屋にぶちこむ)のは、これら少数の累犯者グループを排除する(くずを清掃する)いいチャンスだし、すでにそれに大方成功した」ということになる。

そして、上の内務省発表のデータによりながら内務大臣は、やはり15日、緊急事態の3か月まで延長を可能にする法案が議会で審議され可決された際に、上の解釈を繰り返した。

経済的・社会的要因とは別に、居住区域への法の支配の回復をめざす共和国の努力に対抗して、犯罪を主要な活動する者たちによる抵抗がある。この点に関しては、都市騒乱の破壊活動のかどで尋問・拘引された者の75から80%がすでに警察によって前歴を記録されたものであることに留意していただきたい。(11月15日の国民議会議事録)
Au-delà des facteurs économiques et sociaux, il y a la résistance de ceux qui ont fait de la délinquance leur activité principale, face à l'ambition qu'a la République de restaurer sa loi dans leurs quartiers. Je rappelle à cet égard que 75 à 80 % des personnes interpellées ces derniers jours pour des faits de violences urbaines sont déjà connues des service de police.

このデータを前にして私は、この騒動に若者たちの「平等を求める」欲求を見るエマニュエル・トッドのかなり政治的な解釈について、それを直感的には正しいと思いながら、騒動に参加した者についてのデータはこれを支持していないという保留を自分の中でつけていた。平等を求める若者たちの不満をここに認めるとしても、データから言うと、構図は、「ふつうの」若者はこうした一部の累犯者たちの活動を、社会へのルサンチマンの感情とともに見るくらいのものだということになる。前者は、窓から燃える車を見て−−それが自分の車でない限り−−花火をみるようにもっととやれと思ったり、せいぜいが、アパートから建物の前に下りてきて、皆といっしょに遠巻きに事件現場を野次馬的に取り囲み、快哉を叫ぶくらいのことであり、自分たちで破壊を伴う騒動に参加することはなく、後者の実行犯の層との間にはにははっきりした隔絶があるというような想像に結びつく。

ところが、冒頭で触れた今日のル・モンドの次の記事の見出しに驚いた(前置き長くてごめんなさい)。

裁判に出頭した未成年の大半は裁判所では「前歴なし」
La majorité des mineurs présentés aux juges étaient "inconnus" des tribunaux

LE MONDE | 25.11.05 | 14h07 • Mis à jour le 25.11.05 | 14h23

記事の冒頭がレジュメになっている。

フランス国籍、年齢16-17歳、父親は労働者あるいは失業中、母親はかまう時間が少ない、学業成績は凡庸。そしてその大部分は司法上は前歴なし。イル・ド・フランスの最近の暴動事件で裁判所に召喚された未成年者たちは、内務大臣が与えるプロフィール、すなわち「『80%』が犯罪歴をもっているような『社会』の屑」」とは一致しない。

Ils sont français, ils ont 16-17 ans, des pères ouvriers ou chômeurs, des mères plus ou moins débordées, des résultats moyens à l'école. Et ils sont, pour la grande majorité d'entre eux, inconnus de la justice. Les mineurs déférés dans le cadre des récentes violences urbaines en Ile-de-France ne correspondent pas au profil décrit par le ministère de l'intérieur, celui de "racailles" dont "80 %" seraient connus pour des faits de délinquance

裁判制度や少年保護の手続き、司法用語などがが日仏でかなり違うが、以下あまり無理のない程度に日常的な日本語に近づけながら、記事の概要を紹介する。

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違法行為による警察による補導のケースが必ずしも裁判所に付されるわけではないが、保護司や司法関係者が強調するところによれば、今回の件で裁判に託される少年たちは、これまでに裁判ざたになった者たちとはそれほど重ならない。今回の事件で補導された少年たちのほうが、家庭環境の問題は少なく、就学歴もしっかりしている。大部分は職業訓練教育を受けており、見習い生も多い。

今回の事件で裁判所に出頭した未成年者のうち、以前に保護観察など裁判所の世話になったことがあるのは、ボビニーでは89人中37人、クレテイユでは77人中15人、ナンテールでは41人中半分以下、ポントワーズでは42人中9人。

非行少年グループのコアの部分は騒動には参加していない。さもなければ補導を逃れている。セーヌ・サン・ドニの保護観察手続き責任者によれば、監督下の施設は、騒動の間静だった。ナンテール裁判所付きの保護司によれば「暴力行為への参加者の中には憎悪や暴力への欲求から行動に出たものもいるが、一方で、遊び的なものもあった。『ゲームボーイ』の世代はヴァーチャルワールドにいるかのように行動した。仲間がいて、あちこち燃えまくっていて、それで最高...という具合に。」

ボビニーの少年裁判所長もそうした側面を確認しながら、次のような例を語る。「15歳の少年。裁判所に記録があるが、それは、児童虐待の犠牲者としてカウンセリングを受けたことによる。彼が寝ていると、夜中に友だちが呼びにきた。暴動に参加するというよりも遊びたくて仲間と外に出た。そこで警官襲撃の現場に巻き込まれた。」多くのケースで、警察の用意した証拠は、立件のために十分なものではなかった。また、ボビニーでは裁判所に召喚された青少年の三分の一が(被疑者から)証人に切り替えられた。(捕まった)多くの者が警察と関わり合いになるのを避けるため逃げ回っていた。」そして裁判所からかなりの数が自宅へ返された。

裁判手続きのために行われた少年たちの環境調査から浮かび上がってくる像には、少数の非行常習者、グレーゾーンで立ち回っている者たち、まったく非行歴のない者たちが含まれる。

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記事ではこの後、裁判所に託された7人の少年について、家庭環境や経歴を短く紹介している。実はこちらを具体的に読む方が、実際にどのような若者たちが騒動に参加したのか具体的にイメージがつかめるのだが、すでに長くなったので訳はここではあきらめる(どなたかとりあげていただければありがたいのですが)。小学校や中学校で落ちこぼれてしまったもの、なんとか実業教育は受けたが職のない者、非行歴は多いが更正中のもの、小さな非行歴のあるもの、何も前歴のないもの、父親が失業中、片親家族、両親とも定職があり裕福ではないがそれなりの慎ましい暮らしの中で育っていることを想像させるもの...それぞれの環境があるが、ただ、「社会の屑」のことばとともに内務大臣が好んで引き合いに出す、麻薬のディーラー、ピストルの密売人、常習的な粗暴犯、盗品密売でカルチエに君臨する闇のボスのような像とはほど遠い。


翻訳を始めたばかりのリベラシオンの座談会記事は、今回の「暴動」の性格付けをめぐる議論ではじまっているが、昨日訳した部分も、またこれから訳す部分についても、上の記事から与えられる事件の参加者についての多少なりとも具体的な情報は、各論者の展開する分析の妥当性に対する評価に大きな影響を与える。

*1:「燃えるパリ」の報道をしながら、フランスのジャーナリストにプライベードに質問されて「実際に燃えている現場にぶちあたるチャンスはまれ。戦争とは違うし」と本音を言うBBCのジャーナリストもいた。

*2:政治的デモにはよく「壊し屋 casseurs 」とよばれる便乗分子が寄生し、単に−−たぶん−−憂さ晴らしのためにデモの通り道の商店を壊したり、機動隊を挑発して激しい対決を呼ぶことがあるが、それだったわけである。